しったかぶり!日本紀行

少しずつ読みやすくしてまーす^_^

19 石見ひとり旅2日目!温泉津 石見銀山街道から沖泊を朝めぐり

 温泉津温泉で旅の一日目が暮れる。宿の温泉にしばし浸かると、気持ちのいい疲労感で心がいっぱいになる。湯に浸かり充実した一日を思い出し、(長湯苦手なので)風呂を出る。

早めの夕飯をして、夜の長さを愉しんだもののあっという間に23時。いまさら小腹が空いて、道の駅 さんぴこ江津で買ったおやつを食べたりしつつ寝た。

温泉津温泉 夜のお供。

日の出に合わせて起き、朝の散歩の準備をする。「朝めぐり」は、私の旅の定番で、気持ちのいい早朝の空気を胸いっぱいに頂きながら歩く時間は至高すぎて言葉が思い浮かばない(語彙力の無さの言い訳)。

グッドモーニング・ゆのつ。

温泉津温泉の朝!

そして、予想通り寒い!4月も半ばに差し掛かる時期でも温泉津はかなり冷えむようで、天気予報のこの時期の気温を見ていて、一桁それも前半の日もあり、普段薄着で妻にあきれられている私でも思わずヒートテックを用意したが正解だった。

薬師湯の向かいの路地を歩き進むと、石見銀山街道(中国自然歩道 温泉津沖泊道)に交差する。右に行くと、温泉津やきものの里の方面で、左に行くと、沖泊の方向となる。

温泉津総合運動場

左に折れると、すぐに温泉津総合運動の土手があり、階段を登ってグラウンドを眺めてみると、朝露が朝日に照らされるからなのか、水分が蒸発し、朝霧のようになっていた。写真で見ても石灰が風に舞ってるくらいにしか見えないか・・・

石見銀山街道旧道へ。ここから先が世界遺産登録範囲である。

運動場のすぐ先に丁字路があるので、これを右に曲がる。そこから100mくらいだろうか、コンクリートの道から離脱する道があり、細い土の道が続いている。

いかにも旧道の趣を携えたこの道は、朝一番で歩くにはうってつけな雰囲気で、野鳥やなんだか良く分からない鳴き声なんかが響いていた。一昨夜は雨だったろうか、道は日当たりも悪く湿っていて滑るので怖かったし、損傷手術済みの膝も痛かった。

石見銀山街道。来た道を振り返って。

いかにも石見だなぁ、と思うのは、いたるところに大きな甕「はんど」が打ち捨ててある。まさかオブジェとして置いてないよね?と思うほどにそれは結構な頻度で置かれていた。

石見銀山街道 沖泊へ。はんどが打ち捨ててある。

それが良いことなのかイマイチなのかは一旦置いて、茶碗やら皿やらがあっちこっちにあるのは一体どういう事なんだろう。

石見銀山街道 小さな流れにも生活のにおいが残る。

何を捕まえるのだろうか。アニマルトラップもあったりして。

石見銀山街道 獣のトラップ

旧道へ入り、7、8分も歩くと、沖泊集落へいたる。標識には0.4kmと記されていた。

石見銀山街道 沖泊集落へ

集落を歩く。

戦国期は毛利氏の積出港や毛利元就が設けた毛利水軍の根拠地・鵜の丸城、江戸期は北前船の寄港地として人々の活気にあふれた町だったという。

石見銀山街道 沖泊集落

あまりにも静かで、今時分歩き回ることは、この地に暮らす方たちに申し訳なかった。

沖泊集落 恵比須神社

集落の井戸なんかを眺めつつ過ぎていくと、次第に港が見えてくる。集落の先端に祀られているのは、恵比須神社だ。

恵比須神社 | 島根県大田市観光サイトによると、建立は1526年。どういう所縁か、筑前国那賀郡芦屋浦の住人によるとのこと。かつてはもっと壮麗な社殿だったと伝わっている。

沖泊 船舶用の共同井戸が3ヶ所あったという。

歩いてみて往時をしのぶには難しいが、私が住む浦賀も同様として、歴史的役割を終えたであろう町の静けさ(当然この沖泊の方が古く活況だったろうが)には、同じ香りを感じ好ましく想える。

恵比須神社から眺める沖泊港

「泊」とまり、という語音が個人的に好きで、日本海側に多く聞かれる気がする。

沖泊 小舟が浮かぶ。

南は沖縄、北は北海道に及んでいて、若い頃はなんとなくアイヌ語なんだろうなと思っていたが、AIに聞いたらどちらかというと日本語が語源で北方の人たちへと広がっていったという説が有力らしい。

沖泊 波消しブロック

言葉の由来については興味が尽きないが深い専門性が求められるのでなぞる程度にしておこうと思っている。

沖泊 小魚たち

いずれにしても古い言葉なのだろう。繰り返すが、「泊」は語音が気に入っていて、興味のある言葉なのだ。

世界遺産の沖泊。静かである。

浜田市の外ノ浦(↓過去記事)も静かだったが、こちらはさらにもっと静かだと思う。

shittakakiko.hatenablog.com

港から沖泊集落を眺める。

港には小さな船が係留されている。

 

沖泊 凪いでいます。

対岸の岩々には、船を係留するために加工された「鼻ぐり岩」が無数に存在している。

上手く撮れていない鼻ぐり岩

港をひとしきり散策して、車道になっている坂道を登り、古そうなトンネルを抜けると、温泉津総合運動場から続く道に戻る。先程の古道への入口と、このトンネルが現在と過去を隔てる境界のようだ。

温泉津温泉街へもどる。

境界の現代側の船は、なんだか装備まで新しいように見える。沖泊は、そういう気持ちになるちょっと不思議な空間だった。

温泉津温泉街から石見銀山街道、そして沖泊を経て、温泉津観光案内所 ゆう・ゆう館へ至り、温泉街へと一周することができる。温泉津港で、大きな砂の山とショベルカーに出くわした。

日本屈指の産出量と品質を誇る温泉津珪砂

なんなんだろう、と、少し場違いにも思えたこの砂の山を後から調べてみたら、ちょっと感動してしまったのでこの稿のラストにお伝えしたい。

温泉津港から温泉津珪砂はガラスになるべく出港する。

この砂は「珪砂(けいしゃ)」といい、特に温泉津で産出するものは温泉津珪砂と呼ばれ、鋳型やガラスの素材として使用される。温泉津町湯里の三子山鉱山で産出した珪砂は、この温泉津港から日本板硝子㈱舞鶴工場へ運ばれ、ガラスへと加工される。

ゆう・ゆう館の自販機。

このガラスは、スマホのディスプレイや自動車の窓ガラスに使われているという。我が家の車の窓ガラスをぐるりと一周回って探してみると、なるほどそこにも「NSG」とプリントされていた。NSGは日本板硝子㈱の略称であり、この会社は温泉津珪砂を使用した自動車の窓ガラスを製造している。

温泉津温泉街の朝。

この窓ガラスが、温泉津珪砂で作られたのかもしれないと思うと、ちょっと感動的で、特に車へのこだわりのない甲斐性無しの私でさえ、恵も言えぬ思いである。

歩いている時はもちろんそんな事情はわからないが、そんなこんなで、歩き始めて1時間。朝ごはんの時間が迫っていた。またギリギリとなってしまい、龍御前神社へお参りして、急ぎ宿へと戻るのであった。

 

To be continued... 👇

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👛かかったお金 💵

  • 龍御前神社 10円

    小計 30,790円

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🌊沖泊 ~メモ~ 🌊

・称号  :世界遺産「石見銀山遺跡とその文化的景観」構成資産
・住所  :島根県大田市温泉津町温泉津ロ215
・見学時間:いつでも(周辺住民に配慮してください)
・料金  :無料
・駐車場 :スペースに注射は可能だができれば徒歩が良い。
・アクセス:温泉津観光案内所 ゆう・ゆう館から約徒歩15分。
      山陰本線 温泉津駅から約徒歩25分、景観を眺めながら歩ける。