
ふとふりかえるとよみがえる、仲間とのおもひで。
他の人が聞いてもなんてことない出来事でも、我々の中では永遠に語り継がれるだろう、内輪ノリのエピソード。聞いたってくんさい。
20代の中盤から後半は、小学校からの友達と、あっちこっち旅行をした。
それはもう、狂ったように。
あまりに女の子にモテないもんだから、ヤケクソになっていたんですな。
そんな小僧どもの旅は、数々の伝説的なエピソードを生んだ。
「高知の家族」は、出色の語り草。
王ちゃん、こーじ、こーじ(同名)、にき達と鳥取に旅したのは2009年だったか。
壊滅的にモテない男ども5人旅だ。
初めて山陰地方への旅。
神有月で無双状態の出雲大社へお参りし、すっかり気を良くした一行は、そのまま日本海を東進して鳥取砂丘に到達。

鳥取砂丘の砂場っぷりったるや、小僧どもは度肝を抜かれた。
ひとしきり歩いて海辺へ出てみたり、かわいいギャルがいないかと眺めてみたり(だからって声をかける勇気などあるはずもなく)していたが、この広大な砂場で多少、手持無沙汰になっていた。
「ぬぐおおぉぉぉぉぉおぉおおぉおお!」
突然だ。
王ちゃんが奇声をあげて砂場の坂を駆け下りていく。
彼は海辺まで駆け下りると、無表情で坂を登り戻ってきて
また駆け下りた。
「・・・・・・・!!・・・・・・・・・!!!」
そして、前方宙返りのように高転びにすっころびながら
降りるというか、どちらかというと落ちて行った。
ほか4人は、途方に暮れてその奇行を呆然と眺めるのだが
となりで子供の姉妹が大笑いして笑い転げているのを見て、やっと
「あ、これ笑うところなんや」
と気付き、その子たちと指さし腹抱え、笑うのであった。

王ちゃんといえば、スタイリング剤とからみあってベットリ頭髪に砂をまとわせながら、戻ってきては、また走り出した。
彼はもう良いとして、一緒に笑いあった姉妹や、その親御さんと
「どこから来られたんですか?」
「横須賀という、神奈川の横浜市の属領みたいなところから来ました」
「あ、知ってます。浦賀って、ペリー来たところ、横須賀だよね」
「そうそう!その浦賀から来たんす」
「私たちは高知。横須賀は、遠いねぇ」
「高知ですか!武市半平太だ」
そんなやりとりをして
「高知、こんど遊びに行きたいと思っているんですよ」
「高知はカツオのたたきが有名でおいしいけど、鍋焼きラーメンも、わかいあなた達には美味しいと思うよ、向こうでも会えたりして」
親御さんとの会話に入ってきたお姉ちゃんのほうの発言が、あまりにも意表をついていた。
「住所住所!!お母さん、住所教えといて!」
それは汗汗汗汗
親御さんも心底肝を冷やしたろうが、私たちも若造とはいえ親御さんの心の機微を瞬発的に察した(あと、我々は存在そのものが後ろめたいのだ)。これは困るやつだ。
・・・お嬢ちゃん、しらないおじさんに声かけられても、簡単に住所なんて教えちゃいけんぜよ、と、なぜか罪悪感を覚える我々だったがとにかくその
「住所住所」
という言葉じりが、我々の心にいつまでも残ることとなった。

あれから、15年も経ったのか。
あの娘たちも、すっかりお年頃になって、ひょっとしたらお母さんになっているかもしれない。
10000000の家族の思い出のうち、1くらいは思い出すだろうか。
鳥取砂丘で出会った、すっころんでるおっさんとその一行。
晴れ渡った空。
砂丘の稜線。
雲の影。
そうした記憶の中に珍しく残るあの音。
「住所住所」
高知の家族、とわに幸あれ。