日本中焼け野原にされ、広島に、長崎に原子爆弾が落とされ、大東亜戦争に敗れてから80年の歳月が流れた。
当然、私は終戦時はマイナス39歳で、影も形も存在していないが、私に命を繋いでくれたご先祖が、激動の歴史を経験をしたのだろうと思うと、静かに感謝の念がわいてくる。
昭和20年の終戦は、明治元年から77年目の出来事である。明治以降の日本が、いかに忙しかったかが想像できる。
私は、テレビとか大人がよく言う、反省というものが、昔からよくわからない。「そうならない方法」が全然見えてこないからだ。やみくもに反省しても意味なくない?
でも、難しいことはこの際いいや。
ここは、せっかく旅ブログなので、ちょっと旅好きの観点から、終戦記念日という、日本にとって特別な日を思ってみたい。
私は、20代半ばで旅好きになり、日本国内を見境なくめぐっているうちに、こんなことを思うようになった。
確かに国土のインフラは戦後、見事に復興している。でも、果たして、戦地で亡くなった方たちが守りたかったものを、今の日本(私)は、守れているだろうか。
ソーラーパネルで埋め尽くされた山。
忘れ去られたようなかつての田んぼ。
情緒も何もない極端で不快な気候。
他人の傘の下で祈るのんきな平和と空虚な反省。
自らの「核」で汚して住めなくなった故郷。
それと同時に
古民家を改修しアップデートされたカフェ。
意固地な程に「レトロ」に固執したまちづくり。
過去と現在、未来。伝統と革新を見事に融合した道の駅
地域の誇りを国の宝に、世界の遺産へ送り込まんとする可憐すぎる郷土への思い。
より明るい時代へ、不器用だけど懸命に祈った結果のインチキ天守。
ありがた迷惑なほどにさえ感じる「オモテナシ」。
・・・
これら、私が旅先で見かける、古代から続く日本の歴史に裏打ちされた「思い」を、先に書いたマイナス面もそうだけど、プラス面も多く感じてきた。
確かに上手じゃないのかもしれない。え?そこ?と引いてしまう工夫もある。明治維新の時みたく、これまでの慣習をびっくりするくらい、あっさり無かったことに出来ちゃう怖さもある。
けれども、何とかして自慢の地産を守りたいという健気な思いを、その地その地で、確かな熱量で感じるのだ。
GHQとか、戦後民主主義とか、そういったひと足飛びなノイズはひとまず置いといて、このぶきっちょで可憐な愛郷心が、今この国を下支えしているのではないか。
過去の歪んだ天秤が真ん中に戻ったとは思えない。
時が熱狂と偏見とをやわらげた暁には
また理性が虚偽からその仮面を剥ぎとった暁には
そのときこそ正義の女神は
その秤を平衡に保ちながら
過去の賞罰の多くに
そのところを変えることを要求するであろう
ラダ・ビノード・パール判事の名言だが、その思いは道半ばだろう。
私はこの国が、好きなのだ。
その思い。
それだけは、先人たちに引けを取らない。そう思いたい。
私たちは、戦争には負けたかもしれないけれど、じゃあ、全部負け切ってしまったのだろうか。断たれてしまったのだろうか。思いも、歴史も、正義も。
違うと思う。
未来へ繋ぐ「心」は受け継がれているのではないか。
そんなことを思うのだ。
確かにオーバーツーリズム。嫌だ。
世界が日本にやってくる時代。
せっかく来てくれるんだから、しっかり「オモテナシ」て、この国のすばらしさ、伝えよう。
(そしてたくさんお金落として帰ってもらおう。)
日本なら、工夫で勝てる。
古代から続く日本の伝統。その良さは世界も気付き始めている。
私も旅を通して、この国には、ずーーっと昔から醸成された、素敵な魅力があることを伝えていきたい。
日本語しか書けないけど。
戦争で亡くなった方々に、感謝と黙祷を捧げます。
どうか、安らかに。