2014年の気仙沼旅を振り返ってきたけどこれで最後。
波路上地区は2025年の旅で訪ねた伝承館があるところ。
2014年11月29日。震災から4年が経たないこの時期は、まだまだ至る所に巨大津波の傷跡が残っていた。

「秀の山雷五郎像」は、気仙沼市階上地区出身の第9代横綱だ。164㎝と体格に恵まれなかったが、努力を重ね38歳の遅咲きであったが、横綱に昇進した。

東日本大震災の大津波にも耐え抜いて立つその姿は、地域の復興のシンボルとなった。背の低い人が頑張っていると嬉しい。私が158㎝なので、小兵には親近感がある。
もう一つ大津波で残ったのが、この「龍の松」だ。

大きく損傷した幹や枝ではあるが、その姿が龍に似ていることから龍の松と名付けられ、2015年には保存加工を施すため京都へ運ばれ、2016年に再度設置され秀の山雷五郎像と共にこの地域を見守っている。
石灰岩の岩礁が長い年月をかけて浸食され、海蝕洞の岩孔が開いた場所に波が打ち寄せると、クジラが潮吹きをするように、波が高々と打ち上げられる。

こりゃあ、吹きすぎじゃないっすか?

単に波がぶつかってるのか吹いているのか、荒天のため判別がしにくかったけど、ダイナミックな景観は存分に楽しめたよ。

2億5千万年前は古生代ペルム紀というらしい。岩井崎の岩礁では、その頃に生きた集住の化石を見る事もできるという。上の写真の、岩礁の奥に見えているのは龍舞崎だ。
松の林の影に隠れて役割を果たしているのか心配になる「岩井埼灯台」。昭和4(1925)年初点灯で、位置的には気仙沼大島の龍舞崎の対岸ということになるのかな。

最後に岩井崎に鎮座する琴平神社にお参り。

岩井崎は、岩礁帯に座礁する船が後を絶たなかったため、「地獄崎」と呼ばれていた。それを、江戸時代の伊達藩主が祝崎と改め、今では岩井崎と呼ばれている。

気仙沼の海は、湾内が天然の良港であることと、リアス式海岸に代表される岩礁や岩場のダイナミックな景勝が望める。日本の海岸らしく、松の木が快く茂っているのが印象に残る。
晴れていれば青い美しい海を、雨や曇りなら自然の厳しさを感じながら巡ることができ、いずれにしても味わい深い旅ができる地域だと思った。
つづく👇
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