「ズルされたこと、忘れてないから」
伯父ちゃんのお葬式に列席した。
岩手に実家を持つお嫁さんの婿養子に行った弟も来た。
2つ下の弟とは、年に1、2度会う。子どもたちに優しい男だ。
遠い昔のことなんだけど。
小学校高学年くらいになると、私はゲームで弟にまったく勝てなくなった。
彼は、今もゲーマーだが、その当時の強さは、それはもう群を抜いていた。
私も、「マリオカート」の実力は、地域の子どもたちには負けなかったし、テレビに出てくるマリオカート名人の子供にも、タイムで負けていなかった。
のに。
弟には負けた。
彼は、めっぽう強かった。
私は兄として、負けてはならなかった。
のに。
勝てなかった。
方法はひとつだった。
リセット。
「実況パワフルプロ野球5」でも勝てなかった。
本当に強かった。瞬発力の前提が、違うと思った。
方法はひとつだった。
一歩おしりを下げて、彼の手元を覗き見る。
球種のカンニング。サイン盗みだ。
なんと、それでも勝てなかった。
こてんぱんとは、このとこだった。
結局、リセットをするよりほかなかった。
今思えば。
みっともないことおびただしい、イカサマで最悪な兄だった。
大人になってから、彼の逆襲がはじまった。
折に触れて。
「忘れてないから」
を、言うのだ。
2人きりの時だけじゃない。
私の妻がいても、彼の妻がいても、友達がいても、両親や親族がいても、彼は言うのだ。
それだけ彼の恨みは深く、根強い。
私は、これを人生の原罪として受け入れ
甘んじて聞き続ける事とした。
控えめに行ってもサイテーな兄を
彼は許さないまでも、切らないでくれている。
この日の伯父ちゃんの葬儀は、それは素晴らしいものだった。
じつに爽やかな秋晴れで、家族葬の少人数で見送った。
疎遠だけど、結婚式に呼んだら来てくれた伯父ちゃん。
少し頑固な方だったみたいだけど、何だか私には優しかった気がする。
棺の中で安らかな表情をしていた。
妻である伯母ちゃんと最期のお別れ。
何を話していたか聞き取れなかったけれど、夫婦だけの会話をしたのだろう。私たちは知る由もない、贈り、送られる。その空間は、ふたりだけのものなのだ。
私はその場に立ち会えて、ほんとうに良かったと心から思った。
そして、私が弟より先に死ぬとき、彼は棺で眠る私に、きっと言うだろう。
「忘れてないから」
私は棺の中で肩をすくめることに今から決めている。
少し動いたな、と弟は思い、留飲を下げながらも、少し言い過ぎたかなと思うかもしれない。
化けて出ても、あのひと言で返り討ちに遭う自信が、今すでにある。
うなされるのはこちらなのだ。
悪霊退散に、十字架もアマビエもいらない。
究極の呪文。
「ズルされたこと、忘れてないから」
お墓の前で言われても、どうせ聞こえないから、それはもういいや。
許してくれとは言わないが、これからもよろしくな、弟。
まさか、一生背負うことになろうとは。
思わなんだ。
どうもすみませんでした。
おしまい。