2011年3月11日。荒浜小学校へ押し寄せた津波は校舎の2階まで到達し、壊滅的な被害となった。

荒浜小学校へ来襲した津波は、4.6mとされる。
海から700m内陸にあり、この地域の最大高さは13.7mに至り、1階の教室へは3台もの車をはじめ、人々の生活の営みがことごとく瓦礫となってこの校舎内に押し詰められた。

この旅では震災遺構をいくつか巡ったが、ここでも遺構の核心部分の写真を撮ることはできなかった。荒浜小学校では、瓦礫は撤去され、壁や黒板の変わり果てた姿やボロボロになった教室の状態を観ることができる。

どうしても至近でカメラを向けられない。悲しみが押し寄せてしまい、憚られてしまう。学校の教室には子どもたちの楽しい思い出が詰まっているべきであって、このような惨状をどうしても撮ることができない。

目ではしっかり観て焼き付いている。自分でも不思議なことなのだが。何でも見境なく撮りまくる人間かと思っていたのだけれど‥。
荒浜小学校の津波は、2階の40㎝まで到達し、周囲のロッカーはそこまでサビていて、天井にはしぶきの跡が遺っていた。

津波が押し寄せると、周辺の住民や児童が4階や屋上へ避難し、27時間後までに避難者320名全員が救出されたが、学校の児童91名のうち、1名が亡くなっている。
屋上へのぼり、海の方面を眺めてみた。
津波被災地特有の空間の多い景色の向こう側に、海が見えている。当日の状況は私の想像を絶するが、さぞ恐かったろうと思うと、胸がふさがってやりきれなくなる。

内陸に目を移すと、ちょっと奥だから写真では見えにくいが、仙台東部道路が走っている。ちなみに手前は震災後に完成した東部復興道路である。
仙台東部道路は、高さ7~10mの盛土構造になっており、震災時の津波を抑える堤防の役割を果たした。平坦な地形が続くこの地区では津波の浸水被害は3~4㎞内陸まで達したが、その多くは仙台東部道路まででストップしている。

それだけではなく、高台のほとんどないこの地域の住民は、仙台東部道路の盛土構造に着目して、津波から逃れるために一目散にそこを目指し、柵を乗り越えのり面をよじ登って一命をとりとめた人が大勢いたのだ。
仙台市では、この教訓をもとに盛土構造の東部復興道路(かさ上げ道路)を完成させ、通常の堤防だけではなく、海岸防災林や緊急避難用の人工丘陵(避難の丘)、仙台東部道路へまっすぐに伸びる避難道路と避難施設の付属など、かさ上げ道路を津波が乗り越えることを前提に「多重防御」の設計思想で、この地域の復興を行っている。
つづく👇
メモ
| 震災遺構 仙台市立荒浜小学校 | ||||||||||
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| 私の所要時間 | 22分 | |||||||||
| 住所 | 宮城県仙台市若林区荒浜字新堀端32-1 | |||||||||
| 入館料 | 無料 | |||||||||
| 開館時間 | (通常)9:30~16:00 (7月・8月)9:30~17:00 |
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| 定休日 | 月曜・第4木曜(祝日を除く) 年末年始(12月29日~1月4日) |
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| 駐車場 | あり | |||||||||
| アクセス | 🚃:地下鉄東西線荒井駅から仙台市営バス(震災遺構仙台市立荒浜小学校前行き) 終点(震災遺構仙台市立荒浜小学校前)で下車 🚙:仙台東部道路「仙台東IC」から約15分 仙台空港から約40分 |
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| ホームページ | 震災遺構 仙台市立荒浜小学校 | |||||||||