雨である。もう、ヤケでもある。傘は差さないこととした(持ってるけど)。
重要伝統的建築物群保存地区 村田町村田は、江戸時代に紅花や藍の商取引で大いに賑わった商都である。
駐車場に車を停め、村田・蔵の町並みを散策す。
すぐ横に「カネカ山家邸」があり、早速観てみたかった蔵の町並みっぽさがイイ感じ。山家は「やんべ」と読むみたい。明治34年築。

仙台と山形を結ぶ街道の分岐点にあり、江戸との貿易で財を成した商都・村田。明治以降は繭の集散地として、また仙南の中心的な商業地として大いに栄えたという。

銘酒・乾坤一を販売する醸造元・ヤマジュウ大沼邸は明治初期の建築だ。
やけにカッコいい破風(?)が傘をさしている庵看板には「上もろはく(諸白) 大沼屋」と書かれている(らしい)。

イゲタニマル升邸も明治初期だ。山家邸と同じく海鼠壁だ。なまこ壁っていうのは縦横とかナナメに黒いラインが入って下地が白い壁のことで、耐火防水防湿・雪や寒冷から家屋を守る日本伝統の万能技法だ。
壁に平瓦を張り、継ぎ目に漆喰を盛っている。今で言う「映え」も意識されている。意匠として優れている…要は!!カッコいいという事も意識されているのだ。

綺麗にリノベーションされ、今はイタリアンレストランとして営業をしているのは旧マルサ佐藤邸で、現「蔵TORIA Kitchen Yu」だ。地元食材を主に使い、一皿食べ終えた時の満足度を大切に料理をしている。

2025年の梅雨入り宣言が出たこの日。雨は蔵の町並みにお似合いで、黒光りするコンクリートの地面でさえ演出的に思える。

車通りはそこそこ多い。今も昔も街道なのだ。
江戸、明治期の道としては広い方なのではないか。ただこの街道を迂回するように県道14号も整備されている。

江戸時代、仙南地域の各所から集積された紅花は、江戸へは陸路・奥州街道で、上方(京や大坂)へは山形を経由して北前船で運ばれた。明治は先述の通り、大正・昭和に至っても味噌、醤油の製造販売、地主経営など積極的な経済活動が続いた。

町並みの大きな特徴は、店舗と表門が交互に立ち並ぶ景観である。建物の統一性というよりも、競うように意匠を凝らした店蔵と腕木門、木戸門、薬医門といった表門が整然と並び、眺めていて飽くることがない。

江戸後期から大正頃に建てられた豪壮な蔵といい、重みのある土扉や海鼠壁、漆塗りの太い柱や梁を特徴とする店蔵といい、この町の繁栄ぶりを象徴して余りある迫力を今も残している。

赤い瓦屋根は、初見の印象で石州瓦なのかと思ったりもしたが、調べてみると福島産の赤瓦だという。
そういえば会津若松城の天守は近年の修繕で「元通り」赤瓦の屋根に戻された。厳しい冬の寒さに耐えるべく、通常の瓦に釉薬を塗って焼いたという。

もったいなかったなぁ、と思うのは、散策している最中は、町並みや店蔵ばかりを撮っていたということだ。

門と店が交互に並んでいるということを意識して撮っていないものだから、せっかくの村田の町並みの特徴を捉えることができていないのは大変悔やまれる。

休職期間中、宮城県へのひとり旅はいよいよ最終局面へ。
帰りの時間は決めていないけれど、そろそろレンタカーを借りた白石へ近づかねばなりますまい!
つづく👇
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