744.8㎞、燃費23.6㎞/Ⅼ。
西根から旅をスタートした白石蔵王駅へ戻って来た。
レンタカーを予定時間から少し余裕をもって返却し、駅へ。

はじめて軽自動車のレンタカーだったが、乗りやすかったしパワーも申し分なかった。短い付き合いだったけど、バイバイとお別れをする。

予定よりも一本早く乗れそうだったので、急いで駅内を散策する。出発は13分後だった。

宮城は「こけし」が著名な産物だが、白石では弥治郎系と呼ばれる頭の大きなこけしが作られている。
江戸時代の宝暦年間にはその起源を確認できるらしく、弥治郎地区の近くにある鎌先温泉で売るべく、農民が副業として「鎌先商い」を盛んに行っていたという。華やかな衣装に細身のウエスト、女性的な美があり、どこか開放的な明るさを感じるこけしだ。

「続日本100名城・白石城」の木造復元天守や遺構を巡った(過去記事へ)のも3日前。思い出の蓄積だけ遠い昔のことにも思えるが、あっという間に過ぎて行っためくるめく旅のことを思うと、ついさっきの出来事のような気もして不思議だ。

この旅をしたのは、休職してから2ヶ月が過ぎようとしている頃だった。職場環境は地獄だったが、自分の仕事が全く立ち行かないことは心底意味不明で、地獄よりもずっと苦しく、死ぬほど辛いものだった。当初は1ヶ月くらいで戻りたいと思っていたが、主治医の先生から「休み飽きるくらい休みなよ」と言われ、従うことにした。

確かに、中途半端に戻っても、きっと同じ事態になるだろう。
ADHD発達障害の不注意の部分で私の管理業務は壊滅的だった。この旅では、自分の旅好きとADHDの関係を研究しようと面白おかしく思っていたが、そんな事ほとんど忘れるくらい旅に没頭してしまっていた(過集中だろう)。

「脳の多動」も感じていて、これは旅では思いっきり解放されていそいそとあっちこっち動き回り、1ヶ所の観光所要時間の短さっぷりが自分でもおかしかった。逆に普段、これを制御できているのはADHDの色合いが薄いからだろうし、懸命に社会に「過剰適応」してきている結果だとも思えた。

私の旅はいつでも時間との勝負になる。ギリギリに詰め込んでさらにもう一ヶ所、また一ヶ所と際限のない欲望が常に渦巻いている。せっかくゆったり目な旅程を家族旅行で組んでも、朝1人で、夜1人でぶらぶらしていないと落ち着かない。

いったい、どこからどこまでがADHDかがよくわからない。ADHDは脳の働き方が少し違うという。遠い昔、人類が発祥したアフリカのサバンナでは、この脳が狩りや新しい場所を見つけるのに大きな役割を果たしたという。

草むらに違和感を感じ、小動物を見つけ狩る能力。一つ所にとどまらず、新しい場所時には大海原をも超える無謀な旅をする行動力。既存の常識を打ち砕く進取創造の発想力(ちなみに自分のことを言ってるわけじゃないよこんな能力ない苦笑)。肯定的にとらえるならば、これらは全く「障害」ではない。

しかし現代へ戻ってみると、極限まで洗練されたデザインのオフィス。システマチックに整えられた書類。高度に平等化された授業。
これら一見社会にとって理想的「あらまほしき」状態は、(カウンセラーさんの言葉を借りて)「ADHD族」にとっては実に生き辛い環境になってしまう(場合がある)。

私は旅の名残に「牛たん重」を頬張る。
おいしい。玉子も漬物も。

ここまで49の記事で散々文章を書いてきてなんだけど、おいしい、たのしい、うれしい。旅って実は、このみっつくらいあればすべて言い尽くせるのではないかと思っている。逆に、どうおいしいのか、どうたのしいのか、どううれしいのかを説明するのって、ほんとに難しい。

今回も良き旅であった。
私の旅は脳からドーパミンがドバドバぶしゅぶしゅ放出されるようで、実に快感で刺激的だ。まぁ、旅好きの方々の多くはそうかもしれないけれど。
ADHDは、もはや41年生きた自分自身の個性の一側面であり、切っても切りはなせないし、離すつもりもない。こんな自分を嫌いどころかむしろ好きだし、友達でいてくれる人も家族でいてくれる人もいる。大変にありがたく嬉しいことだ。そのおかげで、どんなに苦しくても、醜い感情が湧き出しても、自分のことを嫌いにならなかったんだと思う。
この旅、2025年6月。休職期間3ヶ月のちょうど真ん中あたり。
私は、社会へ戻るにあたって、自分を一番肯定できて、社会の役に立てて、楽しく仕事をできる環境を模索し、見つけつつある。
日本では、短い梅雨がはじまった頃だった。
完
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