「果てしなきスカーレット」こんなに好きになるとは思いもよらなんだ。これはシンプルに自分にとっての「しょーげき」だった。
映画そのものの感想については初回12月2日(火)に観に行った時に書いたので、私としてはこのピュアな熱量を最上としたい(語彙力無いのでこれが限界)。
だので、以下は脳が書きたいというままに吐き出している「ねぇねぇ観てきたよ!!でね、でね、何で好きなのかって言うとね!!!!」ってだけの日記でっす(笑)
12月10日(水)には、脳内の鳴りやまぬ喝采を受け、レイトショーで2回目を鑑賞。1回目も2回目も後ろから2列目くらい。他のお客さんはどちらも10人ほど入っていた。

平日の横須賀でそれくらい入っていればまぁガラガラとは言わないだろう。なーんだ、貸切だったら最高だったのにw

2回目は仕事終わりという事もあってか、少し没入しきれなかったけど、1回目で気づかなかったニュアンスに気付いたりと、相変わらず最高だった。

2回目を観終えると、まだ脳内の喝采は鳴りやまず、小説版を買って読み、果てしなき世界観の解像度が上がり、物語の舞台とスカーレットたちの心象風景が、より鮮明になった。
詳しくは下記記事読んでね!
他にも、Xの様々な関連投稿や、めっちゃくちゃ深い考察のブログも読んだりして関心するわ自分の浅さっぷりに赤面するわで、心せわしい日々を過ごしていた。
さすがに時間も空かないのですっかりBlu-ray待ちだなぁ、と思っていたら超運よく3回目を観る機会を得た♪

たまたま妻と子どもが3人で子供イベントへ出かけ、夜しか放映されていなかったのが、昼間にシフトしていた。神の企てか悪魔の意思か。これは完全に啓示だろう。もはや信仰じみてきたなぁ。
せっかくなので、「ゴジラ ファイナルウォーズ」ぶりくらいに何かグッズを買いたいな、と思い、スカーレットや「スタジオ地図」過去作のヒロインがランダムで当たるラバーストラップを買ってみると、「竜とそばかすの姫」の「ベル」が出た(すみません、存じあげなかったので調べますた)。

チケットを購入すると、ほぼ間を置かず入場案内が流れてきた。入場口へ行くと、13日から始まった入場者特典ももらうことができた。10日の時無念だったから超嬉しい。
何が出るかな?何が出るかな♪

えい!
ジャーン!

割とマジで裏返しだったことに苦笑して、パッと反対を向けてみると…

「バケモノの子」の楓さんでした。チコが乗っかっているのかわいい!スカ姫さま(愛情をこめて略して呼んでる)だったら最高だったけどね(*´з`)
座席の埋まり具合は20人くらい。若い男性4人組とか、父と小学生くらいの女の子とか、老夫婦とか、けっこう多様よ。
私は前から3列目の左から3番目。
いつも割と後ろの方にしていたんだけど、ひょっとしてより近い方が迫力があるんじゃないかと思い、3列目にしてみたら、これが大正解。

視界いっぱいスクリーンが広がって、映画以外の余計な情報が入らなくなったので、没入感も爆上がりだった(けっこう小さいスクリーンになっちゃってるので、この工夫は大当たりだった)。
左寄りなのは、なんだかよくわからないけどその方が見やすい気がするからいつもそうしている。右脳とか左脳とかの関係なのかもね。
心配してたのが、2回観て、小説や色々な論考を読んだりして理解が深まったのは良いけど、それによって肝心の本編が霞んで見えちゃったりしちゃったりしたらどないしようと思っていたんだけど、まったくの杞憂だった。
3回目。
一番感動した。
そんで、ようやくおぼろげながらもなぜ自分がこうまで「果てしなきスカーレット」が好きになっているのかが見えてきたような気がする。
以下、急にスイッチ入るので「よろしくお願いしまーす」。
私、42歳。二児の父。今年、仕事のストレスで適応障害になって休職に追い込まれた。ADHDという発達障害が私の中にあって、大きなストレスで強く発動したため、仕事の管理業務が全くうまく行かなくなった。周りからは「酷評」されて本当につらかったし、それよりも、そんな自分を「許せなかった」。
最後は残業代泥棒みたいなことになってしまい、「もう消えたい」と思い、さすがに死ぬつもりは毛頭なかったけど、いずれにしても仕事も立ち行かず心も完全に折れた。
私は、職場から忽然と消え。
泣きながら電車に乗って家に帰ったんです。
いいおっさんが。
多分、酷評の中でも観に行ってみようと思ったのも、スカーレットの「復讐劇」に、自分の未だ残る生々しい傷、鬱憤を少しでも晴らしてもらいたいという心理が働いていたのかもしれない。
「果てしなきスカーレット」は、そんな心理の遥か上を行く「答え」を用意していた。私自身は、休職の3ヶ月で徹底的に自分を研究し、自分なりの答えを携え復職。順調に年末を迎えたものの、どうしても心の中のわだかまりの全てが解消できてはいないと感じていた。
ちょっと自閉的になっている自分。
これでいいのだろうか。
仕事はもはや何の問題も無い。このまま行けるだろう。
けれど
胸元に確かに残る大きな傷を感じていた。
治らないかもしれない。
確かにある。うらみつらみ。
生きざまとして、これでいいのだろうか。
私なりの答えは、その心情を放し飼いにすることだった。抑え込むでもなく、解き放つでもなく、いわば放置プレイ。否定よりは、消極的に肯定していた。これも自分さ、と。
ただ、相手をどうしても「許せない」。これが密やかな悩みだった。
足を引っ張りやがって、揚げ足を取りやがって、自己弁護さえさしてもらえないのかよ。くそ、くそ。この無念の1000分の1でもわからせてやろうか!ああん?わからせてやろうか!!!
・・・さて、スカーレットが至る答えは私にとって最後の、ほんとに最後、自分の屈託の首の皮一枚残っている部分を、きれいさっぱりとそぎ落としてくれた。
「許せない」ことを「許す」。
簡単そうでマジ難しい。一発逆転のトリックプレイが成立したのだ。
スカーレットと私の状況はだいぶ違うように見えるが、ここでは書ききれない共通する部分も確かにあると感じている(そう思い込むことにした!)。知らず知らずのうちに、スカーレットの境遇と自分を重ねて(最後はある意味突き放されて)いたのだ。
「果てしなきスカーレット」の何がそんなに好きなのか。最後にこの稿の主題を考えたい。
多分スカーレットだと思う。彼女は復讐心に取りつかれながらも最後ギリギリの所で完全に過去を捨て切らずに踏ん張っていた。だから序盤はあんなに辛そうなのだ。復讐だけで生きられるなら、こんなに楽なことはない。
また、スカーレットの未熟な部分も魅力だと思う。この期に及んで「おじさん」に欺かれ逆上して「わからせてやろうか!!!」ってなっちゃってるスカ姫、最高じゃん。でも相手を信じたいというあまりに可憐で切実な心は本当に純真で、素敵だと思う。私が独身だったら恋しちゃうかもしれない。
果てし泣きの3回目を大満足のうちに鑑賞し終え、諦めきれずにラバーストラップを思い切ってもう2個買ってみた。

家に帰って開けてみると。
奇跡が!

さわやかな余韻を残して2025年が過ぎてゆく。
この最低で最高の1年。締めに出会った映画は「果てしなきスカーレット」
自分史上最高の映画だと言いたい。
素晴らしい出会いに感謝。
ありがとう。「果てしなきスカーレット」
おしまい。
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