しったかぶり!日本紀行

~果てしなき旅景より~

13 「白山市白峰 重要伝統的建造物群保存地区」 子連れ練り歩きの紀

 「白山市白峰 重要伝統的建造物群保存地区」にやってきた。

白山の市域は手取川に沿って構成されるが、そのほとんど最奥の白山麓に位置していて、市街地まではよほど遠く、福井県勝山市の方がずっと近い。

白峰温泉 総湯の駐車場に車を停め、町を散策する。

「白峰特産品販売施設 菜さい」は、もう閉店に近い時間だったので入らなかったが、「とちもち」や「堅豆腐」など白峰名物が売られている。

白峰特産品販売施設 菜さい 外観

菜さい 外観

その他、手芸品、民芸品なども売られていて、いずれも地元の職人さんの手によるものである。食事処では「堅豆腐カツ定食」「じげラーメン」「白山そば」など地元食材のものを頂ける。

白峰特産品販売施設 菜さい 店先

地元の人も憩える場

白峰(しらみね)重要伝統的建造物群保存地区は、豪雪地帯であるこの地域特有の建築様式が残る地区で、平成24(2012)年に文化庁より選定されている。

白山市白峰 重要伝統的建造物群保存地区 お宿春風前

お宿春風周辺

私、父がお41歳、長男かけ7歳、次男くんじ3歳。早朝から始まった初日の旅行に疲労を感じつつ、それでも元気に重伝建の町並みを練り歩く。

 

 

 

山間でもあり季節は我々がやって来た関東南部より少し遅れているのか、行勧寺の傍らに置かれた句碑に植えられたアジサイが咲いている。

白峰 重要伝統的建造物群保存地区 行勧寺 句碑

行勧寺の句碑

その背後には「ミンジャ(水屋)」という用水路がバシャバシャと水を勢よく流している。これは、地盤が固く井戸が掘れず、飲料水に乏しい白峰において、土豪の加藤藤兵衛という人が元和3(1617)年に1km上流の明谷川から引いたものだという。

白峰 重要伝統的建造物群保存地区 行勧寺のミンジャ(水屋)

すごい流れ!

昭和31(1956)年に簡易水道が通り、その役割を終えたが、その後も流雪溝として使われている。ミンジャは、現存しているものもあるが、重伝建の整備にあたり復元されたものもあるらしい。私はてっきり水の豊かな土地ゆえ、無尽蔵に使える生活用水と思っていた。いやぁ、思い込みは危ないなぁ。加藤藤兵衛さんの苦心の賜物だったのだ。

 

 

 

旧山岸家住宅の主屋は、国指定重要文化財である。天保11(1840)年建設の土蔵造、三階建で、1階は居住スペース、2・3階は養蚕(ようさん)などの作業や物置に使われていたという。豪雪地帯は水田に適さず、養蚕産業で暮らしていたのだ。

白峰 重要伝統的建造物群保存地区 旧山岸家住宅

立派な門構えに石垣、その奥に主屋

旧山岸家は白山麓18ヶ村を取り仕切る大庄屋を務めた豪農で、山岸十郎右衛門という人が、幕府から直々に庄屋に任命されている。経済活動は養蚕にとどまらず酒造・木材・金融などなど手広く行っていたようだ。

白峰 重要伝統的建造物群保存地区 旧山岸家住宅 主屋 重要文化財

黄土色の印象的な三階建て

石垣で囲われていかにも偉い人が住んでいたことを思わせる構え。

ちなみに写真の右側の行勧寺庫裏(くり)は白峰で唯一の木羽葺き屋根だ。ごばぶき、と読み薄く割った木の板を屋根に葺く伝統的な工法だ。

白峰 重要伝統的建造物群保存地区 写真奥に行勧寺庫裏

日が傾いてきている

子どもたちがズカズカと敷地内に入って行ってしまったので、遠慮していたが少し見学させてもらった。先程のミンジャがある。ここのものは現存だろう。先程の行勧寺のミンジャへと繋がっているようだ。

白峰 重要伝統的建造物群保存地区 旧山岸家住宅のミンジャ

旧山岸家住宅のミンジャ

旧山岸家の先の道路へ進むと、少し坂道になってくる。

坂道に差し掛かる場所に「雪だるまガーデン」というちょっとした広場がある。

白峰 重要伝統的建造物群保存地区 雪だるまガーデン付近

趣が良いね!

金沢工業大学谷研究室が地元住民と協力し設計から施工まで行った。白峰の眺望を楽しんだり、休憩したり、イベントスペースにもなったりする複合広場だ。

白峰 重要伝統的建造物群保存地区 雪だるまガーデン

ゆきだるさんだぁ!

ふと何かを見つけて長男かけは後戻り。手前の白峰郵便局の脇に見つけた小さな庭園のような一角。これもミンジャの一種なのだろうか。

白峰郵便局のミンジャ?庭園?

ミンジャ?庭園?

白峰の歴史について少し触れたい。

古くは縄文時代に人が住み始めたという。

白峰 重要伝統的建造物群保存地区 雪だるまのオブジェ

雪だるまがかわいい

その後のことはよくわかっていないそうで、養老元(717)年に白山が開山された際に牛頭天王などを祀ったことからこの地を「牛首」と称するようになった。

白峰 重要伝統的建造物群保存地区 雪だるまカフェ

立ち寄ってみたかった雪だるまカフェ

これ以降、この地は霊峰・白山への登山路の要衝として栄え、戦国時代には例の加藤藤兵衛(世襲名か?)がこの地を治めていた。

白峰 重要伝統的建造物群保存地区 蔵の門

大きな蔵(多分)の立派な門

藤兵衛はミンジャを通すなど功績もあったが、江戸時代初期の明暦年間の白山山頂の利権を巡る越前・加賀・美濃による争論の際に行った軍事行動を咎められ追放されてしまう。

白峰 重要伝統的建造物群保存地区 ミンジャ

色々な所にミンジャがある

4代150年続いた藤兵衛の牛首統治は終わり、争論の末に幕領となった白山麓18ヶ村の大庄屋は山岸十郎右衛門に任命されることとなり、概ねそのまま幕末を迎える。

白峰 重要伝統的建造物群保存地区 ミンジャ

次男くんじが落ちそうになったミンジャ

争論になるほど、白山の利権は大きかった。その証左としての、この白峰地域の往時の繁盛ぶりを思う。

 

 

 

水田にこそ適さなかったが、焼き畑栽培のヒエを主食とし、養蚕は全国屈指の規模で、その収入で海産物や日用雑貨を手に入れていたという。

白峰 重要伝統的建造物群保存地区 旧山岸家住宅 ミンジャ

水遊び大好きでハラハラ

白峰の家数は江戸時代後期には480を数えた。明治中期の紀行文には製糸業が盛んで宿所、料理店、飲食店、呉服店、芸妓、倡妓など実に多様な施設が並んでいると記されている。昔も今も、パワースポットの麓の町は栄えるものなのだ。

白峰 重要伝統的建造物群保存地区

コンパクトにまとまった町並み

「山奥」だとばかり思っていた白峰地区は、実は江戸時代においては白山市域でも屈指の都市だったことが分かった。霊峰・白山へ参詣する人々は、ここへ投宿し、かつ休み、かつ遊び、そして山頂を目指したのだ。

 

つづく👇

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