しったかぶり!日本紀行

~果てしなき旅景より~

22 義経伝説のハイライト・安宅の関!風光明媚な海と歴史を眺める

「わからせてやろうかぁ!あああああん!!」

武蔵坊弁慶の喚き声が早いか、義経の額をアイアンクローで・・あ、いや、、混ざった‥

 

…コホン。

「安宅の関」へ来た!ここは鎌倉幕府の創始者・源頼朝から謀反の疑いをかけられ、奥州へと逃れる源義経と武蔵坊弁慶のストーリー。

安宅の関駐車場 岩を持ち上げる弁慶像

岩を持ち上げる弁慶像

数多き義経伝説の中でもひときわ光彩を放つ「安宅の関・勧進帳」の舞台だ!安宅の関が歴史上実在したかは議論があるけれども、とにかくここは「安宅公園」。日本の歴史公園百選に選ばれている。

日本の歴史公園百選 安宅公園

日本の歴史公園百選 安宅公園

でわ、いってみやふ。

松の林をば抜けてみるに、視界開けたり。その先を眺め見るに、日本海と見つけたり。

安宅公園 安宅之関を模した冠木門

松林を抜けると青空と青い海が

その傍らに「安宅の関 こまつ勧進帳の里」なる無料休憩所あり。

疲れし次男くんじば背負いてまかり入らん。

安宅の関 こまつ勧進帳の里 ポムポムプリンとカブッキー

ポムポムプリンとカブッキー

外観これモダンなり。勧進帳の世界観を体験できる「ものがたり館」併設せり。

我ら、長男かけ車で待ちたるに、立ち寄りは遠慮して候(文法むちゃくちゃ)。

安宅の関 こまつ勧進帳の里 外観

暑い!避難!!

こまつ勧進帳の里に入ってみる。クーラーが効いていていと涼し♪

海を眺める絶好のロケーションで、館内には「ATAKA CAFE」というカフェが入っていたが令和8年1月に閉店。春頃に別のお店が入るという。

安宅の関 こまつ勧進帳の里 ATAKA CAFE

ゆったり海を眺める

とにかく暑い暑い。この日の小松市は最高気温33.7℃である。

ガンガンクーラーの車から降りると、あっという間に体中から汗が噴き出る。特に3歳の子供ともなると、最も暑さを放出する地面とも近く、体力も少ないので寒暖の感受性も強いので熱中症になりやすい。

安宅の関 こまつ勧進帳の里 ATAKA CAFE 加賀のブドウジュース

ATAKA CAFE 加賀のブドウジュース

カフェで「加賀のブドウジュース」を注文し、ふたりで仲良く飲んだ。他にも水筒を持ってきているので一緒に飲んだ。子どもが遊べるおもちゃが置いてあったから次男くんじに遊んでいてもらって、少しゆっくりさせてもらった(長男…)。

 

 

 

この旅ではクーラーボックスにとにかくたくさん飲み物を常備して、毎夜水筒を洗い、飲み物はホテルの冷蔵庫で冷やして朝それなりに冷えた飲み物をたっぷり入れてお出かけした。この作戦はシンプルながら旅費の節約にもなり効率が良かった。

安宅の関 こまつ勧進帳の里 ATAKA CAFE 子どもが遊べるコーナーも

海だねぇ!

ジュースで水分補給&リラックスできたので、海へ向かってみる。かなり開放的だ。一瞬、暑さを忘れ急いで海の全体を眺められそうな方向へ急ぐ。

日本の白砂青松100選 安宅海岸

日本の白砂青松100選に選ばれている

おお!!南国と見紛うばかりの青い海。立ち並ぶAAAとはこれいかに!?

どうやら、ふたりの人間でTとKの形を模すると「ATAKA」安宅となるということみたい。不覚にも、訪ねた当時気が付かなかった苦笑

安宅海岸 トリプルA AAAのモニュメント

3人いないと撮影できない!と話題

海にしばし見惚れたあと、安宅住吉神社へ向かう。

その途次、小松駅にもあったこちらの記事の冒頭で触れてまーす!「智仁勇」の弁慶・富樫・義経銅像があった。

安宅の関跡「智仁勇」弁慶・富樫・義経銅像

弁慶・富樫・義経銅像

この銅像、元は彫刻家の都賀田勇馬氏が製作した弁慶と富樫のみだったが、後にご子息の伯馬氏によって義経像が製作され、完成したという。

日本各地に残る義経伝説は、一種の荘厳なる鎮魂歌である!と私は思う。

安宅の関跡 安宅住吉神社へ

青松の森がつづく

安宅の関を抜けるため、義経一行は一計を案じる。山伏に扮した一行を執拗に取り調べる関守たち。伝承では一行が山伏に扮して逃走している情報はすでに各地に渡っていて、臨時の関を設けており、一行がその網に引っかかった時の出来事だとか。

安宅公園 安宅関址碑

ひっそりと安宅関址碑

関守・富樫左衛門は彼らを疑うも、なかなか尻尾を出さない。それではと、通行の証明である東大寺再建のための勧進帳を読み上げるよう命じる。弁慶はとっさの起点で白紙の巻物を広げ、アドリブでつらつらと読み上げる。富樫は感心するがなお疑い(というか確信を持っている)、様々な問答を繰り出すがやはり弁慶は見事にかわす。

安宅住吉神社 神亀石

撫でると延命長寿、幸福を招く神亀石

富樫は最後に強力(荷物持ち)に疑いをかける。この人こそ義経だったのだが、弁慶は「その程度の荷物を重たそうに持つから疑われたではないか!」と怒り、義経を打ち据えてボコボコにしたため、富樫はその決死の姿に感動し、ついに通行を許すのだ。

 

安宅住吉神社 拝殿

安宅住吉神社 拝殿

弁慶はその後、泣きながら義経に詫びたという。思うに、富樫も泣いていただろうし、義経も泣いていたのではないか(痛いからじゃないよ)。高校生の時の国語の授業でこの話を初めて聞いた時、なんて美しい物語なのだろう。と感動したのを今でも覚えている。みんな良い奴ばっかりじゃないか!!捨てたもんじゃないぞ、人間。

安宅住吉神社 勧進帳を読む弁慶像

勧進帳を読む弁慶像

安宅住吉神社は全国唯一の「難関突破のご利益」があるとして、人生の艱難辛苦を抱える人々から崇敬を受けている。「勧進帳」の時代よりもよほど古く、奈良時代・天応2(782)年の創建で、琴佩山(ことおびやま)に鎮座。天暦2(948)年、鷹降山へ、天正5(1577)年、小倉野へ、そして正保4(1647)年に現在の二堂山に遷座し現在に至る。

 

 

 

私もこの時期、3ヶ月の休職の最終局面。手を合わせたい所でもあったが、「神を信じ神を頼らぬ」の信条(やせ我慢&なんか今さら退けない)のもと、五穀豊穣を祈り、また妻の仕事の繁盛を願い、この地を去ることとした。

 

安宅の関跡。日本の歴史を特徴づける人物のひとり・源義経伝説の地、確かに参らせ奉らん!!

 

つづく👇

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