旅の舞台は越中射水へ。このブログでは、カテゴリを県別だけでなく、旧律令制の国名でも分けるという誠に自己満足な区別をしているが、越中とはつまり概ね今の富山県のことである。

時刻は16時をまわって未だ33℃(記録によると伏木で32.6℃、富山で33.5℃)の暑さである。駐車場に車を停めると、日は少し傾いているものの、空間を圧するようなムンとした熱気に一瞬たじろぐ。

そんな中、小2の長男かけと年少さんの次男くんじは元気に花の迷路を走りまわっている。私も迷路攻略を誘われるが、暑くてしんどいのでまたいでクリアしたら本怒られしてしまった。
紹介が遅れたが、ここは富山県射水市「海王丸パーク」である。

長男かけは船に興味があり、この旅を計画するにあたって、記憶の片隅に置いてあったこの海王丸に思い至り、旅程に組み込んでいたのだ。ちょっと時間押しちゃってるけど苦笑。

料金を払い、「帆船海王丸」へ乗り込む。定休は月曜。この日は火曜。この旅では平日休館の施設をなるべく避けて旅程を組むのにけっこう苦心した。一例だが海王丸を取って、松井秀喜ベースボールミュージアムを泣いて割愛した(私しか興味ないので‥)。

さて「帆船海王丸」のことだ。 ”海の貴婦人”と称されるこの船、商船学校の訓練船として昭和5(1930)年のバレンタインデーに進水している。以来59年間106万海里を航行し・・・あれ?そういや次男くんじ、ベビーカーに乗ってませんでしたっけ?

あー!あそこだぁ!!さっき、花壇迷路で遊んだ時、そのまま置いて来ちゃったんだ。金目のものはおむつ(1枚25円くらい)しか入ってないからまぁ平気だろうけど、帰りに拾っていかねば。

どこまで話しましたかね。そうそう。。
訓練船の帆船海王丸の全航海106万海里は地球約50周分にも相当し、11,190名の船乗りを育て上げた。

海王丸は平成元(1989)年に引退し、翌年この地に曳航され保存されることとなった。ちなみに、初代と交代で進水した2代目海王丸は現在も現役で働いており、わが住処・横須賀の浦賀ドックで私が5歳の頃に建造された。多少、海王丸と因縁があるのだ。

平成30(2018)年、公益社団法人日本船舶海洋工学会によって海王丸は「ふね遺産」に認定された。
日本丸と共に現存する最古の日本建造練習帆船であり、59年の現役生活は練習船としては最長で、現在もこうして海洋教育の場として息づいていることを評価されたためだ。

また、先ほど触れたがバレンタインデーの2月14日に進水したこともあり、「恋人の聖地」にも認定されている。通年で実施されている日没から22時までのライトアップは、歴史ある帆船を夜の海に照らす、それは美しい景観だと聞く(残念ながら私らは夜は魚津である)。

木製の手すり階段をみて長男かけ「タイタニックみたい!!」と大コーフン。彼はなんでか、タイタニックに興味を示し、ちょっと怖いくらい沈没の状況を克明に記憶している。あまり好きなため映画の「タイタニック」のBlu-rayを買ってあげちゃったくらいだ(ちょっぴりオトナなシーンあるんだよねぇ(;^_^A)。

甲板では全長17mのバウスプリット(船首から前方につき出している斜檣)や、雄大な新湊大橋を眺める眺望がすばらしかった。

船内は前部航海船橋や士官サロン、船長公室、訓練生らしく訓練生宿泊室などを当時の雰囲気のままに観て回ることができる。調理室には昭和9年と48年の献立表が並べられているのが興味深かった。「おやつ」なんかも献立にあるのww

展示についての説明に、全部ではないがちょっとした工夫や面白みがあって、単に歴史的な船舶を眺めている以上に楽しめた。

子どもサイズよりも大きな舵輪に興味津々の長男かけが食いつく。船体の後尾に置かれ、帆の様子を見ながら操舵を行うという。風が強いときは4人がかりでの操作になるんだって。

無事、ジープも回収し、再度帆船海王丸の有志を振り返り眺める。
さすが、海の貴婦人と称されるだけあって気品がある。
もうちょっとこの辺りを観て回ろうか。一旦駐車場から車を出し、「あいの風プロムナード」を目指すのであった。
つづく👇
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旅のメモ📝