しったかぶり!日本紀行

~果てしなき旅景より~

3 山の辺の道② 日本最古!「石上神宮」に参拝

 奈良盆地を囲むように連なる「青垣の山裾」。その東側の丘陵を縫うように走っているのが、「山の辺の道」である。古事記や日本書紀に記される、日本最古の「道」を、私は歩き始めている。

石上神宮 社号標 大鳥居

石上神宮へ!

山の辺の道の「南ルート」その最初と最後にこれまた「日本最古」とされる神社がある。北端にあたるスタート地点「石上神宮(いそのかみ)」に参拝する。

 

境内に足を踏み入れるに、柿本人麿の歌碑がありける。

未通女等之 袖振山之 水垣之 久時従 憶寸吾者

石上神宮 万葉歌碑

柿本朝臣人麻呂の歌

をとめらが そでふるやまの みづかきの ひさしきときゆ おもひきわれは

 

未通だなんて、キャー(≧∇≦;)と思うけど、この詩の意味は少女たちが袖を振る(←愛情表現である・さらに布留山(ふるやま)に掛かっている)山の瑞垣のように、ずぅ~っとずっと、あなたのことを思っていますよ。という恋歌で、深読みをするなれば、石上神宮の神様を賛美しているといった意味合いも含んだ詩ということになるようです。

石上神宮 大鳥居

大鳥居!

ちなみに恋バナの「振る、フラれる」は、この「袖振る」の振るが語源と言われている。なんと古代から使われていた言葉なのだ。恋愛に本格的に使われたのは江戸後期と言われている。「袖にする・される」というのも、この辺りから来ているようですね。

石上神宮 大鳥居

ハートマークどーこだ!

大鳥居の扁額には「布都御魂大神(ふつのみたまのおおかみ)」と主祭神の名が書かれている。くぐって先へ。そう長くない参道、木々を照らす10時前の朝日が目に優しい。

石上神宮 境内

静謐な境内を歩く

鶏の元気な鳴き声が境内にいくつもこだましている。中にはヤケなのではないかとおかしくなるほどに狂おしく喉をからして鳴いているものもいる。タカタカと鶏が数羽横切っていく。その中を縫って歩き、手水鉢の所まで来た。

石上神宮 手水鉢

したたりのてみずばち と読む

「布留社」と刻まれた滴り手水鉢。記紀の記録にも見られる「石上神宮(石上振神宮)」号は伊勢神宮と並び最も古い「神宮」の呼称だが、長い歴史の中途には「石上坐布都御魂神社(いそのかみにますふつのみたまじんじゃ)」、「石上社」「布留社」とさまざまに呼称されてきた。

石上神宮 東天紅

東天紅、きれい!

鶏と少し戯れる。境内にいる鶏は、昭和の頃に奉納されたという。タヌキなどの被害で数が減り今は30羽が暮らしているという。長鳴鶏(ながなきどり)の一種の東天紅(とうてんこう)、や烏骨鶏(うこっけい)など、色とりどりでかわいらしく、神宮に鮮やかな印象をもたらしている。

石上神宮 鶏たち

かわいいけどちょと怖い

神話では怒ったアマテラスが天岩戸に隠れた際、長鳴鶏の鳴き声で闇を払い夜明けを告げ、岩戸を開いたとあるので、たいへん縁起が良い鶏なのだ。

石上神宮 境内

楼門へ!

滴り手水鉢でお清めをして参拝へむかう。

重要文化財の楼門がどっしりとたたずんでいる。鎌倉時代末期、後醍醐天皇の時代のもので、文保2(1318)年に建てられたという。

石上神宮 重要文化財 楼門

重要文化財 楼門

朝の日の印影が、写真を撮るには少し閉口するが目には優しく、さやさやと揺れている。このさきが拝殿のある神域だ。

石上神宮 楼門

神域へ

拝殿は国内に現存する最古のもので、国宝に指定されている。

ちなみに拝殿の向背は禁足地となっている。

巫女さんは暦花蓮(こよみかれん)さん。カレンダー製作会社・トーダンの公式キャラクターで、カレンダーの日である12月3日が誕生日。

石上神宮 暦花蓮

暦花蓮さんと拝殿

日本の神社ってけっこう柔らかいよね、と思う。宗教施設だからもっと頑固そうな顔立ちでも良さそうなのに、ゆるーいキャラを割と柔軟に取り入れている。考えても見ると、日本の宗教観の良き塩梅の「ゆるさ」を反映しているのだろう。女の子2人の家族連れが嬉しそうに顔を出したり引っ込めたりして親御さんを悩ませているのが微笑ましかった。

石上神宮 顔出しパネル

最古なのに、ゆる!!

国宝拝殿の創建時期は、正確には不明だが、鎌倉前期(1185〜1274)頃と考えられている。永保元(1081)年に白河天皇が鎮魂祭のために宮中の神嘉殿(しんかでん)を寄進したと伝承されているが、建築様式は鎌倉前期のもので、一部は江戸時代の様式も観られる。

 

 

 

修復記録の棟札も残っているから、長い歴史の中で破損や劣化が起こり、大切に修理されてきたのだろう。いずれにしても国内最古の拝殿建築としては大変貴重なものである。

石上神宮 国宝 拝殿

国宝 拝殿

拝殿にお参りをする。石上神宮は、実在が確実とされる最初の天皇、第10代崇神天皇7年(西暦は謎)に現地、石上布留の高庭(たかにわ)に祀られた。もともとは社も無く、神武天皇の国土平定を助けた神剣・韴霊(ふつのみたま)という神剣を埋葬し奉ったという伝説があり、明治時代に神宮の神職が発掘したところ、なんと実際に出土している。

石上神宮 拝殿と楼門

全景を

主祭神は布都御魂大神(ふつのみたまのおおかみ)で、神剣の霊威を奉じている。

この時代の部門の棟梁である物部氏の総氏神であり、健康長寿・病気平癒・除災招福・百事成就にご利益がある。

 

「子どもが死なない世界にしたいです」

 

石上神宮

永久寺の龍吐水

私は、「巨人の星」の星一徹の信条に感銘を受け「神仏を信じ、神仏を頼らず」を基本スタンスにしているので極力(笑)自分のことは願わないようにしていて「五穀豊穣」のみ願うことが多いが、今年に入ってから、とある「日本一叩かれている映画」に感銘を受け、そうも願うようにしている。

石上神宮 鶏

威厳のある神鶏

さて、楼門を出ると、その先に石段があり摂社、末社が祀られているが、その中の出雲建雄神社の拝殿は、ここから少し南にかつてあった内山永久寺内の住吉社の拝殿であったが、大正時代に移築されたもので、鎌倉後期(1300年)のものとされている。唐破風の意匠などが特に優れ、現存する拝殿の中でも特に重要な遺構として、国宝に指定されている。

石上神宮 国宝 石上神宮摂社出雲建雄神社拝殿

国宝 石上神宮摂社出雲建雄神社拝殿

再び山の辺の道へと進む。境内を通る道に沿って鏡池がひっそりと張られている。

この池には「ワタカ」という魚が住んでいて奈良県の天然記念物に指定されている。「馬魚(ばぎょ)」と別名がある通り馬のようなツラをしており、南北朝動乱時代、後醍醐天皇の伝説が残されている。

石上神宮 鏡池

ワタカ、見られず。

木漏れ日が爽やかな境内、そこから幽玄なる歴史へといざなわれるように続く山の辺の道へと戻る。

石上神宮 山の辺の道

では、山の辺の道を進みませう

旅はまだ、はじまったばかりなのだ。

 

To Be Continued👉

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