近鉄奈良駅は、奈良線の終着駅で、奈良の中心的な駅だ。

駅構内をちょっと見学。
せんとくんもすっかり奈良の顔だね。

改札を出て恒例のエキタグを探す。

ちょっとわかりにくかったけど、アプリの「設置場所」欄に「東改札外 自動改札機横丸柱」とあったので何とか発見。ひょっこり貼ってあったよ。

構内を出て東口。行基菩薩像が奈良駅のシンボルだ。
この方は天智天皇7(668)年に生まれ、15歳で出家。24歳で授戒得度。その後しばらくは仏道修行の日々を送る。
積極的な布教活動に加え、貧しい人々に施しを行い橋や道路などのインフラ整備や新田開発といった社会事業を積極的に行い人々から崇敬を受ける。当初朝廷はこれを良しとせず弾圧を加えるが、献身的な活動と民衆の支持の大きさから次第に信頼を寄せるようになる。

聖武天皇はそのネットワークの広さを頼り、東大寺大仏の建立という一大プロジェクトの指揮を任せる。行基は日本全国を行脚し寄付を募り奔走。この時、日本初の「大僧正」の位を授かる。無事に大仏は開眼するが、その時すでに行基はこの世を去っていた。そんな彼の功績をたたえ、「菩薩」と呼んだのだ。

東向商店街を歩き、ホテルを目指す。
色々なお店がたくさんあり、地元の方も観光者も楽しめるアーケードだ。

三条通りに出ると、奈良市の道路元標や高札場(復元)などの史跡が点在していた。
このあたりが中近世の奈良(大和国)の中心地で大変な賑わいだったという。

このまま行くと、猿沢池のほとりに出るはずである。
そう思いながら歩く。街の木々には丸い球体が吊るされ光っている。
これだけで、格調さえ感じてしまうのは古都の威力かこちらの思い過ごしか。

猿沢池に出ると、真っ先に目に入ったのはスターバックスコーヒー奈良猿沢池店。
スタバは富山の富山環水公園店や弘前公園前店などおしゃれな立地と構えの店舗を出店する。ここも、猿沢池を眺望する。粋だ。

夜の猿沢池を歩いてみる。最初に来たのは2009年だったかな。それ以来だから17年くらいも経っている。たった一つ瞬きしただけだと思っていたけれど、時間の過ぎ去る速さに驚くばかりだ。

ここから眺める興福寺の眺めは素晴らしいのだが、今は国宝である五重塔が素屋根で覆われていて、2031年まで続く見込みで約120年ぶりの修復事業が進められている。

興福寺五重塔は、2009年に訪れたことがある。以下に2枚貼っておく。
父と伯母と3人で来た。

当時泊まった「ホテルニューたかつじ」も、夕食で食べた「焼肉こふうじん」も今は無いようだ。

猿沢池の南東の道は上ツ道 伊勢街道。古い町並みが残っている。
このあたりから「ならまち」と呼ばれる地区である。

猿田彦神社のある角を左に折れると、奈良市ならまちセンターがあり、その先が待望!この日宿泊の「ホテル尾花」だ。ならまちセンターのオブジェはサハンド・ヘサミヤン「開花」というらしい。

背なに負いしリュックの重みが両の肩に食い込んでいる。
それを少しでも軽減するために胸に締め付けたリュックのひもをゆるめ、ホテルへと入るのであった。
To Be Continued👉
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