しったかぶり!日本紀行

~果てしなき旅景より~

26 世界遺産・法隆寺!東院伽藍をめぐり、日本の伝統を思う…

 推古15(607)年、聖徳太子と推古天皇により創建されたと伝わる法隆寺。

境内に遺る国宝・重要文化財の建築物は合わせて55棟!

「法隆寺地域の仏教建造物」として平成5(1993)年に世界遺産に登録されている。

 

ここまでの記事はこちらっ

24 世界遺産・法隆寺!参道から国宝だらけの西院伽藍をめぐる

25 世界遺産・法隆寺!境内あちこち探検(西院伽藍・東院伽藍以外)

 

 

最後は東院伽藍をめぐる。

東へ向かう参道の先に「東院四脚門(鎌倉時代・重要文化財)」がある。

築地塀の雰囲気も素晴らしく、歩いているだけで存分に愉しめる。

法隆寺 重要文化財 東院四脚門

重要文化財 東院四脚門

四脚門をくぐると、回廊が廻らされている。この回廊も法隆寺東院廻廊 西廻廊・東廻廊として、それぞれ鎌倉時代の重要文化財である。夢殿のてっぺんの宝珠が見えている。

法隆寺 重要文化財 東院廻廊 西廻廊

重要文化財 東院廻廊 西廻廊

東院伽藍は、聖徳太子が営んだ「斑鳩宮」の跡地である。

天平20(748)年に高僧・行信が宮跡の荒廃ぶりを嘆いて聖徳太子を供養する伽藍の建立を発願、聖徳太子の遺徳をしのび、聖霊会(しょうりょうえ)を始行したとされる

 

 

 

公式HPによると、東院伽藍のメインである夢殿(国宝)は、創建こそ奈良時代・天平のものであるが、鎌倉時代・寛喜2(1230)年に大規模な魔改造を施されているという。しかしその古式は、古材から復元が可能なほどに遺っているとしている。

法隆寺 国宝 夢殿

国宝 夢殿

八角円堂の夢殿の内部には、聖徳太子の等身とされる救世観音像が安置されていると長い間伝説になっていたが、秘仏のため寺僧でさえ観ることが許されたなった。そんな中、アメリカ人哲学者のアーネスト・フェロノサという人が、粘り強い交渉の末、約200年ぶりに開帳が叶ったという。

法隆寺 東院伽藍 西廻廊

回廊(西側)を眺めてみる。

彼は、その姿を「古代ギリシャ彫刻に迫る」ほど美しいと最大級の賛辞を贈り、その後も法隆寺を何度も訪ねては、法隆寺の建築や宝物を褒めたたえたという。フェロノサは、当時の日本人が西洋文化を重視するあまり日本古来の文化が軽視されていることを惜しんだ。

法隆寺 重要文化財 東院礼堂 令和6年度保存修理工事竣工

重要文化財 東院礼堂(鎌倉前期・令和6年度保存修理工事竣工)

明治期の廃仏毀釈や急進的な西洋化の中で、かえって外国人にその価値を教えられ、実際に大切な古代の文化財を守ってもらったという事実を私たちは忘れてはならない。日本人は他国の文化を採り入れるのは伝統的に上手いが、自国の文化の価値については鈍麻で、トンチンカンな判断をすることがままあることをよく知っておくべきだと思う。

 

 

 

絵殿・舎利殿は鎌倉時代の重要文化財である。建物の東側が舎利殿で、聖徳太子が2歳の春、東を向いて合掌し、その掌中から出現したという舎利(釈迦の遺骨)を安置している。

法隆寺 重要文化財 絵殿・舎利殿

重要文化財 絵殿・舎利殿

伝法堂は、聖武天皇の夫人・橘古那可智の住宅を仏堂に改造したもので、当時のお堂としてはめずらしく床が板張りとなっている。奈良時代建立の国宝建築物だ。

法隆寺 国宝 伝法堂

国宝 伝法堂

東院鐘楼も鎌倉時代の国宝である。外観は、袴腰と呼ばれる鎌倉時代の様式である。内部に吊るされた梵鐘は、「中宮寺」と刻印された奈良時代のものである。

法隆寺 国宝 東院鐘楼

国宝 東院鐘楼

聖徳太子は、一度に10人の声を聴き分けたとか、2歳の時、釈迦の命日に南無仏と言ったなど、数々の伝説が残り、信仰の対象にもなっていた。そういったことの反動か、「聖徳太子架人物空説」や「厩戸皇子と呼ぶべきだ」といった、いわゆる頓珍漢説がまことしやかに語られている。とても残念に思う。

法隆寺 重要文化財 東院大垣 西面(江戸時代)

重要文化財 東院大垣 西面(江戸時代)

聖徳太子とは、彼の功績をたたえて死後に贈られた諡号(しごう・おくりな)である。諡号は高貴な人や徳を積んだ人に贈られた。

 

歴代の天皇にも諡号は贈られたし、直近の第124代天皇には「昭和天皇」とおくり名された。ちなみに「平成天皇」や「令和天皇」という言い方は大変失礼な言い方で、現天皇は「今上(きんじょう)天皇」や「天皇陛下」と呼ぶのが基本である。

 

 

 

この世界には残念なことに、わざとにしても、そうでないにしても伝統を壊そうとする人が一定数いる。聖徳太子はこの国の成り立ちに関する大変重要な人物であり、法隆寺はその偉人が建立した世界史的にも極めて貴重な宗教施設であり、文化遺産である。これらを正しく守り、次世代へ繋いでいくのが、現代を生きる私たちの役割の一つなのではないか。

 

そんな事をのたまいながら、法隆寺の旅を終えたいと思う。

 

To Be Continued👉

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