飛騨神岡から北陸は加賀小松さらには越中魚津へ。
旅は動いている。
2025年の夏。盛りである。

やってきたのは
「魚津埋没林博物館」
広い駐車場に車を停め、博物館へと進む。

入口に置かれた石碑には
「 立山と 蜃気楼あり 魚津よし 虚子 」
とある。俳人・小説家である高浜虚子によるものだ。

ここは埋没林の博物館だが、条件さえ合えば海側から名物の蜃気楼も見える。蜃気楼が見えるかは後のお楽しみとして、まずは国の特別天然記念物に指定されている「魚津埋没林」である。
埋没林については、この年の春に石見国(島根県)で荘厳な風景を観た。
島根の埋没林は、三瓶山の噴火の土石流によって埋没した縄文時代の林であった。
三瓶小豆原埋没林については下の記事で紹介したよ!
魚津のそれは、約2000年前の片貝川の氾濫による土砂の流出によりスギ林をうずめ、後に海面の上昇によって海面下に沈み、幾星霜眠りについていたものである。
入口に入ると、すぅ~と涼しい。

物凄く暑い日が続いているので、このクーラーの涼しさはあまりに天国だ。
併設のカフェ・KININAL(キニナル)に置かれているのは埋没林の一部だろうか、かなりキニナル。

エントランス、カフェの先に県道2号「しんきろうロード」を地下通路でまたぐ。
これから太古の世界へと身を投じるような演出としてなかなか小粋だ。

道路の西側に出ると、埋没林博物館テーマ館である。
その左手、南側に水中展示館、乾燥展示館がある。
早速言ってみようとした途端に次男くんじ3歳「ちっち!」

…エントランス近くまで戻って済ませた。
気を取り直して水中展示館へ。
そこに広がっていたのは太古の世界であった。

プールの中は、昭和27(1952)年に発掘が行われた場所で当時のそのままに展示されている。
自然が作り出す狂気に満ちた芸術とでも言うべきか。はたまた、神様が実在し、気の赴くままに地形を加工した結果か…いずれにしても凄まじい光景だ。

昭和5(1930)年に始まった魚津港修築工事にて砂浜を掘削したところ地中から200株を超える樹根が出現し太古の古代林が現れた。その後も新たに埋没林は発見され続けている。

直近では、平成28(2016)年に新たな樹根の発見があり、定説より1000年もさかのぼって3000年も昔のものではないかという話も出ているとのこと。

子どもたちには大昔、さっき遊んでいた川(クリックで記事へ♪)の洪水で林ごと土の中に埋まっちゃって、その後で海の高さが変わってずっと海の中でお休みしてたんだって、と伝えた。分かったのか分からなかったのか、ふたりともちょっと怖そうにしていた。

乾燥展示館では、子どもでも楽しめるような案内があり、樹根に直接触れることもできる。

大迫力の巨木が立てられて展示されている。
全体的に明るいからふたりともホッとした様子。

外に出ると、魚津港の北側の海が見えていた。
昭和11(1936)年に天然記念物に、昭和30(1955)年に特別天然記念物に指定された時の石碑が置かれている。

特別天然記念物とは、天然記念物の国宝に位置づけられる。
国内でたった75件の希少物件だ。
三角お屋根が印象的な魚津埋没林博物館。

ドーム館に入る。
埋没林が平成の発掘調査当時の状態で保存展示されている。

壁には青いラインが引いてあり、これが現在の海面である。
半地下になっていて、発掘現場がそこより低い位置にあったことがわかる。

展示には「ねっこプロフィール」が表示されている。
この「みき」は1600年前のもので、まわりの「ねっこ」よりも古く、ドーム館の「ねっこ」は概ね1300年ほど前のものだという。

この地で見つかる埋没林はほとんどが「ねっこ」らしく「みき」は土に埋まる前に倒れてしまったものと「ねっこプロフィール」は教えてくれた。
発掘時の地層の断面もそのままに展示されている。

かなり見ごたえがあって、実際はもうちょっとゆっくり観たかったけど、子どもたちがダッシュモードに入ってしまったので、外に出て騒がせることにした(;^_^A
To Be Continued👉
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