越前大野城は、戦国時代の終わりごろに織田信長配下の武将・金森長親によって築かれた。標高約249mの亀山の頂きにある本丸に2層3階の天守を抱き、山伝いに二の丸、山麓に三の丸といった縄張りを持つ「梯郭式平山城」である。

標高249mというと、随分高く登ると思いがちであるが、大野盆地の標高がそもそも200m程度あり、比高としては80mほどとされている。こう考えると、そう高い感じもしないだろう。

22時に終わると思っていたライトアップが21時に終わってしまったようで、不覚にもあまりライトアップの写真を多くとれていなかったのが悔やまれる。
また、
「夜の亀山へのぼりライトアップされた天守を目の前にたたずみたい」
という哀れな欲望も叶わずじまいかと思われたが、どっこい。

暗くても登ればいっか。
と思い、気を取り直して登り始めるのであった。

正直、怖!!!!!!夜の城怖い!!!!
本丸への城門をくぐる。

すると、天守が見えた!それもかなり近い。
割とあっという間に(急いでいるからか)着いた。10分かかったかな?

天守はとても明るく映っているが、iphone16eが頑張っているだけで、ライトアップは先程言った通り終わっていて暗がりである。

城塞感たっぷり「武者登り」を上がった先が、天守の直下である。
うおー!!来てよかったぁ!!怖いけど、人っ子一人いないけどっ!!

天守に登らずしてこの夜景!
大野城下を一望する景色はかなりきれいだ。
折からの雨模様で雲が低い位置まで降りてきている。

うん。さすが天空の城下町。素晴らしい。
越前国68万石のうち、大野藩は4万石。小藩である。
その大野藩が残したのは「北陸の小京都」

その城下を眺めている。
静かな明るさが目に快い。
じっとり雨上がりのお盆であることをしばし忘れる。

天守は2層4階のRC構造。
鉄筋コンクリートであるものの、外観は往時の絵図や資料、同時代の天守の情報を基に再建された復興天守である。

街灯は少しあるので、まったく真っ暗という訳でもない。
明度を下げて撮ると、まぁこれくらいかな、という目視に似た暗さで撮れた。
こうして眺めてみると、可憐なサイズ感さえ「大野らしさ」に思えてくる。

立派な「越前大野城碑」
江戸後期、天保の飢饉により大野藩の財政は逼迫するが、7代藩主・土井利忠の藩政改革により約8年の歳月をかけ借金を処理、見事に持ち直した。

越前大野城の亀山公園内には、その土井利忠の像と、越前大野の開祖といえる金森長親の像がある。
よ、夜だと不気味だなぁ。

ぶちゃ!と肩に嫌な感触を残して飛び立ったとみられるのがこの猛禽類。
鷲だろうか。うんこかと思ったけど、どうも木々から落ちた雨雫だったようだ。
触ったり嗅いだりして分からなかったので、そう思い込むことにした。

西国33ヶ所石仏は、亀山観音とも言われている。
北登り口の入り口を入ると、この観音さまに会うことができる。
私は元来た道を戻らず、果敢にも本丸からこちらへ抜け、北登り口から城を出た。

北口付近には、子どもが遊べる遊具が点在している。
城であり、子どもの遊び場でもある。現代の城のあらまほしき姿と言えるだろう。

城下へ出て、外堀跡を眺める。この内側が三の丸に当たる。
明治期以降順次埋め立てられ、現在34mを残すのみとなっている。

夜は夜なりに楽しめる城めぐりだった。
ちょっと怖くスリルがあったが、本丸から眺める城下の風景は格別なものだった。
大野は、また来なくっちゃなぁ。そんなことを思いつつ、宿へ戻るのであった。
To Be Continued👉
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