越前大野城は10月~4月末ごろに気象環境が整えば雲海に浮かぶ天守という幻想的な風景を観ることができる。見頃は11月頃の明け方で、それでもめったにお目にかかることはできないという。
私が訪ねたのは2025年8月13日。雲海はともかく、大野城を一望してみたかったのだ。
駐車場は「ホームセンターパルス」に停める。路駐や他の場所へ停めるのは近隣への迷惑となるのでやめよう。

国道158号を歩いても良いが、田んぼ道を歩くと案内がある。
どう歩いてもそんなに難しくはないのでお好みで歩いてみたらいい。

案内に従い、国道158号の左車線を歩く。
砂山トンネルの左に小径が整備されているので、トンネルの横の緩やかな坂道を登る。

ハイキングの鍬掛コースと呼ばれる小径で、天空への小径とも呼ばれている。
割と傾斜のキツい山道で、大野城よりも登るのに時間が掛かった。

見よこの!!
ホワイトアウト。

居合わせた私より一回りほど年長そうなご夫婦も苦笑いだ。
大阪から来たこと、恐竜博物館に行くことなどを話し、甲子園の塩飴をもらった。

天空の城どころか亀山(城跡)の遠望さえ空振りだったぜぇ*1ヘラヘラ
こっけいさを思い出し笑いしながら城下へ戻ってきた。

最初、大手門広場の「野」「野」が何の意味だか分からなかったけど、昨夜別の家族が思いっきし体を大の字に開いていたのを見て合点が行った。
こうだ!!

・・・
・・・・・・広場を少し散策。
大野らしく水の風景を大切にしている。

お城の登り口にある柳廼社(やなぎのやしろ)に参拝。
祀られているのは、名君の誉れ高い幕末の藩主・土井利忠公だ。

大野市民俗資料館(旧大野区裁判所)は建物の老朽化によって令和8年4月1日以降休館中である。

2008年の夏に来た時と寸分たがわずたたずんでいる亀山城址碑。
かわらない姿に、なにやらホッとしたものを感じる。

朝は特にお山へ登ることもなく、ゆったりした時間を過ごした。
わけではなく、麓をあちこち散策してまわった。
新堀川は、亀山に越前大野城を築城した金森長親が、外堀として堀ったものだ。

さて、少しまた車を走らせガソリンを補給する片手間で訪れたのが光明寺だ。
大野城下らはそこまで離れていない。
ここの山門は、かつて大野城二の丸にあり正門として機能していたもので、明治の廃藩の際こちらへ移築したという。

二階部分が改築され鐘楼門となっているが、往時の大野城を偲べる貴重な遺構だ。
ほんとはもう一個、不明門も真乗寺という所にあったのだが、朝の時間が終わってしまったので、これにて宿に戻ることとした。家族連れですからね苦笑
To Be Continued👉
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