津山で過ごす夜。
お腹の調子が悪く、ご飯はホテルで簡単に済ませてしまったので、せめて体力の持つ限り歩き倒そうと決意した。
津山セントラルホテル アネックスから大手町へ、県道394号を津山のお城に背を向け歩く。京町の交差点、西側のアーケードは出雲街道で、ソシオ一番街というらしい。

お城から駅までの通りは「ごんご通り」と呼ばれている。
ごんご、とはこの地方の言葉でカッパのことのようだ。
津山ではよほど愛されているようで、通りにはいくつもごんごの像が置かれている。

毎年夏には「津山納涼ごんごまつり」が催され、大変な賑わいになるという。令和8(2026)年は8月1日(土)、2日(日)に開催される。
まっすぐ進み、今津屋橋を渡る。
吉井川は山陽新幹線で岡山へ来るときにたまたま車内からその下流を目の当たりにしたが、この津山盆地を悠々と流れる一級河川がまさか児島湾へとはるばる注ぐなどとは、にわかに信じられなかった。

藩政時代は、この河川が津山の流通を担った。
ごんご像も乗っていたが、高瀬舟がこの川を行き来したという。
津山からは米、大豆、小麦や鍋、釜といった鉄製品が輸出されたという。

翻って輸入物は、瀬戸内の海産物やミカン、醤油、燃料となる油などが挙げられる。
津山藩祖・森忠政が美濃の木曽の河湊・兼山の出身であることを思い合わせると、彼らの河川を使った水運の経験や知識が大いに生きたであろうと推察される。

やがて、鉄路が開かれる。
津山駅は大正12(1923)年の開業で、2023年に100周年を迎えた。
気が付いたら津山駅に来ていたので、駅舎に入ってみる。

津山や美作に纏わる本が数冊置かれていた。
下段は何だろうと思ってみてみると、重しだった。

津山の駅本屋(メインの駅舎のこと)は何度も改装を重ねているが開業当時のものを使っている。2024年9月に最新のリニューアルが行われている。

腹痛でプルプル震えながら来た道を戻る。
今津屋橋から吉井川の上流側を撮っているが、上手く撮れていない。

ソシオ一番街を覗いてみる。
お腹の調子に波がある。行けそうな気がしてきた。

ふと思い出し、城東の地域へ行ってみようと思った。
津山市城東 重要伝統的建造物群保存地区を目指す。
所々で、津山城の備中櫓が見え隠れしている。
そのたびに写真を撮るのだが、どれも似た感じであとから見るとガックリ来る。

津山は城東と城西に2ヶ所も重伝建地区を持っている贅沢な城下町だ。
もっと遠いと思っていたけど、歩いてみるとそんなに遠くは感じなかった。

てくてくと歩く。
この近辺は林田町(はいだまち)というらしい。
旧出雲街道に、幾筋も十字路が交わっている。

城下小宿・糀や
旧苅田酒蔵の町家をリノベーションして宿泊施設となっている。

苅田屋は津山藩の御用酒屋も務めていた。
宝暦8(1758)年創業。
ざっと270年の老舗であり、主屋は重要文化財に指定されている。

老舗の和菓子店・京御門 本店には津山城の復元模型が展示されていた。
縦横約40㎝の中に、5層の天守はもちろん、多数の櫓や石垣が再現されている。
新潟の愛好家に製作依頼し、2021年から展示されているという。

ぎゅるぎゅるお腹が言うので、そろそろやむなく戻ることに。
お城のそばを通って歩く。それにしても見事な石垣!
明日はいよいよ津山城をめぐるぞ。お腹、治って欲しい(;'∀')

津山セントラルホテル タウンハウスの南に津山城大手口の京橋御門跡の石碑があった。この辺りが津山城の外堀だったことになる。また、岡山県立津山高等女学校があったという。

ちょっと腹痛で大変だったけど、津山市街の夜をめぐってみた。
ほど良く今と昔が残り、歩き甲斐のある町だ。
年とったらこういう町に住んだら面白いだろうな。
そんな事を思いつつ、津山の夜は更けてゆくのであった。
To Be Continued👉
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