津山で2日目を迎えた。
時刻は5時。すっかり明るい5月の最終日だ。
津山セントラルホテル アネックスを出て、文旦屋を横目に進む。

目指すは城西の重伝建地区だが、まずは適当に歩いてみる。
元魚町を北へ右折し、新地通商店街のアーチ看板を「田町武家屋敷」方面、西へ。

津山藩家老大熊家屋敷の長屋門は田町の東端にあり、一般的な武家屋敷の4倍もの広大な敷地を誇っていたという。今は津山朝日新聞社の敷地内である。

田町に界隈には武家屋敷が点在していて、藩政時代の街路の雰囲気を遺している。
ふと振り返ると、津山城の天守台や備中櫓が見えた。
往時はさぞ壮観な眺めだっただろう。
津山の城下町は江戸時代に町割りされ計画的に造営され、明治、大正を経て昭和の戦後まで維持されていたが、昭和後期から平成にかけて開発が進み、その面影は減少の一途を辿っている。その中でも田町は保存状態がよく、重点的に整備が行われている。

そのまま進むと、レトロな建物の丁字路に至った。
旧中島病院本館。国の登録有形文化財である。
大正6(1917)年に建てられた2階建て木造建築、津山で最も古い病院建築だ。

お好み焼き屋さんを右へ、小さな道をゆくとやがて出雲街道へ出るはず。
クランクがつづくが、その手前で割と新しい家屋に津山城のタイル絵が置かれていた。

翁橋は、藺田川(いだがわ)に架かる小さな橋だが、大正15(1926)年に架かり100年の歴史がある。現在は登録有形文化財となっていて、令和2(2020)年の調査により歩道部分を試削したところ、レンガが施設されていたことが判明した。

今はレンガ風の通路になっているのと、強化ガラスの窓から当時の遺構を観ることができる。令和3(2021)年の調査では、橋の全面に煉瓦舗装が残っていることが判明。
煉瓦舗装が残っている事例は国内でも大変希少であり、令和4年度の選奨土木遺産に認定された。

藺田川を眺めてみる。
なんとも残念な景観である。
この川は城郭遺構として見た場合、津山城の外堀の役割を果たしている。

津山市城西 重要伝統的建造物群保存地区
「社寺建築と町家、近代建築が織りなす町並み」である。

作州民芸館は旧土居銀行津山支店の建物で、明治42(1909)年建築である。
ルネッサンス様式を用いながら多様なモチーフを使っている。
木造建築であるが、ちゃっかり外観は石造のようだ。

城西は、令和2(2020)年に重伝建に選定された。
地区は概ね出雲街道の往来に沿っているが西南側には寺町が配され、往時は22もの寺院がひしめいていた。現在でも12ヶ寺が残っている。

西今町では、昭和12(1937)年頃に町内で一斉に「軒切り」を行ったという。
近代化による自動車社会の到来を見据え、道路空間を広げるために道路へ飛び出した町家の軒を文字通り切り落とし、1階の下屋部分を撤去した。

なんともサバけた決断をしたものだなぁと思った。
おかげで町並みは光線銃を顔面スレスレに避けるようで、コミカルな表情で生真面目に整列している。

確かに、軒が短い!
西今町は城下町建設当初は町場ではなかったが、寛文年間に城下町へ編入された。
「茅町」と元々呼ばれていたが、その頃に西今町へ改名されたらしい。

つらつらと歩いていると、赤い幟が先に観えている。
何だろうと注目していると「やきいも」と書かれているのが見えた。

「焼きいも 長乃屋」というお店で、早朝ながらすでに準備を進めているところらしかった。いいものだなぁ、と思い写真を撮っていたら、ご高齢のご主人が顔を出して「おはようございます!!」とかくしゃくとした元気な声をかけてくれた。

建物は例の「軒切り」の頃の様子に復元されていて、2階は創建当時のしっくいを、1階は昭和初期に建替えられた時のベンガラを施し屋根はいぶし瓦に葺き替えている。地元のお芋を使った焼きいもは、しっとりホクホクで甘くておいしいと評判!とのこと。
ほどなく、町の様子は一変する。
城下町の西端、ある意味最前線に置かれた寺町だ。

この地域、西寺町は江戸時代の初期から昭和の後期にかけての各時代、各宗派の建築様式が観られる。両側に土塀がつづく豪壮な通りで、歩いているだけで往時の寺町の雰囲気が存分に味わえる。

西寺町を端まで歩くと、十字路の交差点に出た。
それを左へ進むと、観光用の無料駐車場が整備されていた。
すぐ先の小径に入ると、大きな木が目に留まる。
若宮神社の老木だ。
西寺町と茅町の境目にあり小さな境内に大きな椋の木がそびえている。

樹齢は400年を超えると言い、高さは20mにも及ぶ。
なんというか、景観の主人公にしたくなるような老巨木だった。

若宮神社の先の道を大まかに歩いていたら、寺町へと戻っていた。
その近辺は日蓮宗が並んでいた。

日蓮宗 延寿山 本行寺は、元和2(1616)年に西寺町に移ってきた。
本堂や庫裏は、200年ほど前の文政年間に整備されたものである。

津山総鎮守・徳守神社は、太陽神・天照皇大神を祀っている。
天平5(733)年の創建とされており、慶長9(1604)年にこの地に遷座した。

老舗の茶舗・金田金泉園の屋号看板。
力強い書体や一目見てお茶やとわかるデザイン。
素晴らしく好きだ、こういうの。

武家屋敷あり、洋館あり、町屋あり、寺町あり。
津山城西は見所が点在していてなかなか面白い町並みだった。
もう少し、この町を歩いてみようと思う。
To Be Continued👉
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