※この記事では、アフィリエイトプログラムを利用して商品を紹介しています。
私が所持しているのは、2000年に発売のコレクターズ・エディション。続編の「ロスト・ワールド」と一緒になっているものです。高校生の私、サークルKでのアルバイト代を握りしめて、横須賀のヤジマレコードに買いに行ったのをよく覚えております。
ちゃんと動いてよかった。
もはや恐竜映画の古典めかしく語られるようになった、オリジナルの「ジュラシック・パーク」は、1993年7月24日に公開。32年前。わたくし、9歳です。小学校3年生。
この頃、浦賀小学校のガキンチョが観る映画と言えばゴジラ。ドラゴンボール。この前年の暮れに、平成ゴジラ最大のヒット「ゴジラVSモスラ」が公開され、私としては、恐竜くらいじゃそこまでコーフンしませんよ、といった生意気な面持ちで、父に連れられて観に行ったものです。
ただ、監督のすぴるばあぐ、という名前は知っていて、E.T.は好きじゃなかったけど人気だったし、バック・トゥ・ザ・フューチャーは大好きだった。あの頃の学校の教室では、すぴるばあぐを知らない子のほうが少なかったんじゃないかしら。
そのすぴるばあぐが、満を持して最新技術で撮ったのが、ジュラシック・パークで、絶滅したはずの恐竜が、CGでよみがえる、というフレコミは、浦小メンバーを十二分にコーフンせしめたのは言うまでもございません。
映画が始まると、最初こそ緊張の場面があるけれど、しばらくは大人の話が続き、子供としては恐竜の登場をじれったく待つような展開なんだけど、私はDNAから恐竜がよみがえるその過程を、夢を見ているかのように見入ったのをよく覚えています。
そう、恐竜たちが牙をむいてくる前段が、全然じれったくない。「テーマ」を見せていくシーンが冒頭に続いて、それが十分白熱できる仕立てになっているのは、スピルバーグさんの真骨頂で、後続シリーズがどうしても追いつけない絶対領域とも思える部分です。
主人公たちは、私たちの思いを代弁するかの如く、もう感動で泣きながら、あるいは少年の心を顔に充満させて恐竜にふれていくんだけど、次第にそれだけじゃない感情も湧いてくるのです。
改めて観ていくと、この映画は、「恐竜大好き君とちゃん」たちの、「思索の旅」と言えるのではないでしょうか。
感動と恐怖、好奇心と倫理、夢と現実。
生命を管理するということ。
対比し、混在するテーマと共に、ストーリーはスリル満点に展開していく。
彼らが旅の果てにたどり着く場所は、現代において古くなるどころか、さらに深みを増す示唆に富んでいて、このシリーズがいつまでも続くひとつの原動力にもなっているように思える。
もちろん、難しく考えなくたって問題なく楽しいし、ひと冒険し終えた主人公たちが、夏休みに一回り成長するような、そんな彼らを見守るのも、また一興だと思うんです。
だからこそ、「復活の大地」を観たあと、書棚から25年もののDVDを引っ張り出してきて、熱帯夜に負けずに「ジュラシック・パーク」をガッツリ観賞し、童心に帰りつつ、あの頃の少し大人び始めた感性を取り戻す思索の旅に、私も主人公たちと漕ぎ出したいと思ったのでありました。
Life finds a way.
生命は道を見つけ出す。あの足跡と共に。
汐入のダイエーの映画館で、父がせっかく字幕を読んでくれていたのを黙らせて没頭したあの夏の日。ジュラシックの夢の果てへの終わらない旅は、こうして始まったのだ。
おしまい
ブックマーク&ブログランキング 応援してね!
「ジュラシック・ワールド 復活の大地」の映画鑑賞感想文は下記っす☆