続日本100名城・品川台場跡を訪ねた帰り。
お台場ビーチをしばし眺める。なんとなし、ここにこうしてビーチがある不自然を楽しむ。大きな犬が短パンサンダルの壮年ご夫婦と一緒になって水を跳ねながら遊びまわっていた。

唯一史跡として探索できる品川第三台場跡からは、東京タワーをレインボーブリッジマタギで観ることができた。たっぷり時間があるつもりで来たが、少しずつ子どものお迎え時間が気になり始める。

帰り道もレインボーブリッジ遊歩道。行きは「サウスルート(前回の記事へ)」だったので、帰りはノースルートだ。要するに、右車線が芝浦へ向かって右車線・東京方面がノースということになる。

ノースルートについては、自転車での通行が可能だ。ただし、降りなくてはならない。

ノースルートをてくてく歩く。行きほどの感動は薄れている。それに、思ったより晴れない。そして、時間が押して少し焦っている苦笑。

東京タワーとスカイツリーがひと画面に納まるのが意外で、ほれぼれと見とれていた。さきほど感動はないとほざいていた同じ人間とは思えないくらい、薄曇りのこの景色があっさり好きになっていた。

レインボーブリッジ遊歩道は、車道のすぐ端っこを歩いているので、びゅんびゅん、ゴーゴーと車の音が騒がしいが、空のバラバラバラバラ、という音を耳で追ってみると、ヘリコプターが飛んでいた。定期的にゴトゴトと過ぎ去っていく音は、新交通・ゆりかもめ。

ちょうど、ビルの隙間から東京タワーが根っこ近くまで見ることができた。昭和から平成へ、そして令和へ。高さに関しては珍しくもなく、遠近感を無視するだけの大きさでもないが、その美しさは絶品だと思う。

東京タワーは、昭和33年に竣工している。333mというのが何とも粋だ。戦争が終わったのが昭和20年だから、それから13年経って、日本は高度経済成長期へ入っていく、そんな時代だ。背番号3といえばミスタープロ野球・長嶋茂雄だが、この年に入団している。両者とも、多くの「3」を背負った、時代の象徴といえる。

私は昭和の最後の方に生まれ、もの心ついた平成は、ずっと不景気であった。好景気というものを知らないから、低成長、なんならマイナス成長(へんな日本語だけど)は普通だと思っている。進歩だけが全てではない。根を張ることだって、おなじくらい大事だと思う。
たくさん歩いてすっかりお腹が減ったので、行きに目星を付けておいた「湾岸食堂 本店」へ立ち寄ってみた。

立地的には、レインボーブリッジ遊歩道の散策後にうってつけだけど、本来は港湾関係の労働者への福利厚生施設という位置づけで、一般財団法人東京港湾福利厚生協会が運営している。
だもんで、この地区にしてはリーズナブルにランチを頂ける。
この日はAランチ「鶏ササミチーズカツ」、Bランチ「チンジャオロース」、Cランチ「ビーフのトマトクリーム煮 白いんげん豆入りライス」いずれも780円。特ランチは写真の「黒ムツの葱味噌漬け焼き」880円だ。

小鉢、味噌汁が付いてこの値段は嬉しい。お昼時を少し過ぎていたがまだまだ賑やかで、並ばないまでも、ほぼ満員だった。料理も、黒ムツの味付けが実にうまい。

ほかにもとんかつ定食、カレー、カツカレー、そば、うどんなど、メニューも色々あるから、周辺の労働者は大助かりだろう。

それでも、我が社の社員食堂の値段の方がずっと安い。ふっと自分の通う会社の食堂を思い出す。味も美味しいし、若い頃から世話になっているから味付けに慣れてもいる。

休職に入ってから1ヶ月半くらい経った。すっかり忘れて過ごしているが、そろそろ会社のことを少しは思い出し始めても良い頃かも知れない。梅雨入り前の空に、そんなことをぼんやり思った。
ま、とりあえずいっか。
レインボーブリッジ遊歩道は、湾岸食堂でご飯を食べている間に晴れた。私は、品川台場の名残をもう少し探してから、保育園、学童に子どもたちを迎えに行くべく、大急ぎで家路に着くのであった。
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旅のメモ📝
| 🍚 湾岸食堂 本店 🍽 ~メモ~ | ||||||||||
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| 住所 | 東京都港区海岸3-10-7 | |||||||||
| 私の所要時間 | 20分 | |||||||||
| 営業時間 | 11:00~14:00 | |||||||||
| 定休日 | 土曜日・日曜日・祝日 | |||||||||
| 駐車場 | 専用無料30台 | |||||||||
| アクセス | ゆりかもめ 芝浦ふ頭駅 徒歩約7分 JR田町駅 徒歩約14分 品川駅 徒歩約30分 |
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| ホームページ | 湾岸食堂 本店 - 海が見えるレストラン | |||||||||