鯛の浦遊覧船は公式な駐車場は無く、近隣の私設駐車場を利用した。お土産屋の駐車場はいくらか買い物をすれば無料になるようだったけど満車。ほぼ同じ場所にある600円の駐車場に停めた。遊覧船が100円引きになるチケットがもらえた。ここから遊覧船乗り場は徒歩1分だ。

鯛の浦のタイは、国の特別天然記念物に指定されている。
日蓮宗の開祖・日蓮が生まれた時に多くのマダイがこの地で踊り跳ねたという伝説があることは先に触れたが(前回の記事へ)、学術的に見ても水深20~25mのこの浦に群れを成して生息するタイは、「天然記念物の国宝」と位置付けられるほどに珍しいのだ。
ふつう、真鯛は水深30~150mの海底に生きる深海性の回遊魚で、鯛の浦のように浅い場所で定住するという事は他に例がなく、学界でもその謎は未だ解明されていない。

鯛の浦のタイと漁民の歴史は古く、文永元(1264)年に日蓮が父祖供養のため海へ向かって南無妙法蓮華経のお題目を書いて祈ると、波の上にその文字が顕れ、そのお題目にタイが集まり食べて以来、この地でタイは神秘の鯛として崇敬を受けるようになったという。

出港前に漁港へ寄せる波を眺めていると、小魚たちが踊るように泳いでいるのが見えた。子どもらと見ていると、長男かけ8歳は手すりをすり抜けて海側へ出てしまうし、次男くんじ3歳は波の来るギリギリの所まで迫って海水に人差し指で触れてはペロリとなめたりした。頼むから濡れないで欲しい。着替え持ってきてねぇぞ汗

そうこうしているうちに出航の時間となった。ダイヤといったものはなく、当地でいついつ出航するというアナウンスが拡張マイクで案内される。
長男かけはもちろん、次男くんじも慣れたもので介添えするまでもなく乗船を済ませてしまった(お手て繋いで~)。動きがすばしっこすぎてこちらは肝を冷やしてばかりだ。

運行時間は約25分。ショートトリップなクルージングでもあり、船はあっという間に小湊漁港の湾外へ。

お、けっこう波が高いぞ。考えてみれば、ここは外海太平洋なんだった。船員のおじちゃんが地元なまりで話しかけて来てくれた。モーター音も相まって半分くらいしかわからなかったけど「波たけえなぁ、でも沈みゃしねぇ」と言った感じだったと思う。

ザバンと揺れて、客室内に波しぶきがちょっと入ってきたから子どもたちは大喜び。ここでも次男くんじは海水をなめて渋い顔。
ちなみに、船外の立席ではライフジャケットの着用必須。

三奇瑞の最後の1つは「蓮華ヶ渕」。日蓮誕生の折、小弁天島の近くの砂浜では蓮華の花が咲き誇ったという。今はこの一帯の砂浜は蓮華の花のように美しく輝き「五色砂」と呼ばれ、カップルで訪れると2人は永遠に結ばれると言われている。

ひととおり沿岸を眺めると、少し沖合へ船を進める。いよいよ「神秘の鯛」に会えるポイントへ行くのだ。
行ぐぞー!とエサを撒くと、やがて大きな魚がザバザバと寄って来た。

魚に関する知識はほぼ皆無だけど、どうもこいつは鯛っぽくないと思って子どもたちとなんだろう、と話していると、居合わせたおばちゃんが「ぜんぶ、ヒラマサよ」と教えてくれた。

海の青によく映える黄色いヒレを持つヒラマサは、タイでは無かったけど綺麗だった。ブリよりも高級とされているが、私はこの名前を知っているのは「逃げるは恥だが役に立つ」の星野源さんによる。

マダイは、水温約18~20℃で動きが最も活発になるという。天候や気候、様々な要因が影響する自然環境なので、観られない時も当然ある。
残念!でもヒラマサの活力ある動きは、これはこれで大変見ごたえのあるものだった!

船に乗って思ったのだが、鯛が先か日蓮が先か、まさにコロンブスの卵(え?)だけど、この地の文化として撒き餌があり、そこに鯛がやってきて(もしくは鯛がたまたまやってきたのを定着させるよう撒き餌をしたか)、餌付けの原理でもっと深くに棲み群れを成さないはずの鯛がこの地の環境に適応し、定住したのではないか。

房総半島の南は気候も良く、海水温も鯛たちにとって暮らし良かったのかもしれない。
そんなことを思いながら、遊覧船から降りた後はチケット売り場でもある「鯛の浦会館」の2階にゆきタイについての展示を眺めてみた。

今回は観ることが叶わなかった鯛の浦のタイ。資料館に写真がふんだんに掲げられていた。鯛の浦の人々の生活は、海とともにタイとともにある。鯛の浦に来てみたら、この地のタイへの愛情を存分に感じることができる。崇敬とも言えるかもしれないし、共生という言い方もできそうだ。

昭和45年のデータで参考になるか怪しいが、ちょうどその前年44年11月のデータがあった。下旬はタイ以外の魚も出現していないが、曇りや波の透明度が低い日は見えやすいみたいだ。そのソースは5月だけど。

3階からは、漁港を一望することができた。
岩礁に薄く海が乗っているような浅瀬が広く続いていた。ここもやはり地震の影響で沈降したのだろうか。鯛の浦は、地名は「妙の浦」といって、さる高僧が名付けたというが、こうした風景を眺めていると、「妙」という字が語感としてピッタリに思えた。

特別天然記念物なので当たり前なのだが、それ以前からこの地の人々は鯛の浦で捕れたタイを食すことは無かった。たまたまエビ網などに絡まってしまった鯛は、生きていれば放してやり、死ねば冷凍保存し一定数になると供養を行っている。
売店には少しお土産が置かれている。Tシャツもすごく欲しいなと思うんだけど、家にご当地Tシャツけっこーうあるからなぁ。

タイの伝承なかりせども、風光の明媚さは房総半島でも屈指なのではないだろうか。旅館に泊まって迎える朝は、さぞ気持ちのいいことだろうな。そんなことを思い、妙の浦を後にするのであった。
つづく👇
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旅のメモ📝
👑鯛の浦の称号🔱
特別天然記念物 : 鯛の浦タイ生息地
ホームページ(鯛の浦について、営業時間、アクセスなど)